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BORN TO BE 野良猫ブルース   第8話 『たどりついたらなぜか倉敷』


討ち入りは無事終わり、当初の予定どおり黒猫会の関係者は一匹残らず退治したので事実上黒猫会は消滅しました。
しかしなんとも後味の悪い結末だす。このような場面でまさかのミーさんと再会を果たした物の、何の因果か毒親カオリを庇って命を落とすなんて誰がこんな結末を想像したでしょうか。
わては正直複雑な思いだす。任務を遂行できた充実感がなぜか感じられないだす。ただひたすらに猛烈な疲労感に襲われてます。

疲れ果てている事は誰にも隠されへんやろう。ところがわては何の為に、こないに疲れてしもうたんや?
今日という日がこないにも大きな一日とは思わんけど、それでもやっぱり考えてしまう。あーこのけだるさは何や?
心の中で傘を差して裸足で歩いてる自分が見える。

ミーさんのご遺体は御崎公園に埋葬しました。ヴィッセル神戸のホームグラウンドのすぐ隣の公園だす。
ミーさん、本名・生駒ミツコ、ここに眠る。享年3才5ヶ月。合掌。
わてもおケイはんもカルボナも魂が抜けたかのように憔悴していました。

わてら自警団は大阪行きの配送トラックの荷台に乗り込んで大阪に帰還しました。もちろんカオリの娘の子猫も連れて帰ります。
天満の本部では専務理事が手厚くわてらを出迎えてくれはりました。
「自警団、ただいま戻りました。任務は無事完了だす。」
「いやー、お疲れさん。ようやってくれた。さすがやなぁ。まあ、ゆっくり休みなはれ。」
わては47匹の部下たちに感謝と労いの言葉を伝えました。
「諸君、ほんまにようやってくれた。おおきに。ありがとう。専務理事から全員に臨時賞与がございますんで受け取ったら本日は解散だす。ゆっくり休みなはれ。」
わてとおケイはんは、ミーさんの件の報告とカオリの娘の子猫を専務理事に紹介しました。
「この子はカオリの娘さんだす。カオリから虐待されてたようなので、わてらで保護しました。それと理事とカオリの娘さんにあたるミツコさんがカオリを庇ってお亡くなりになりました。残念だす。」
専務理事は大層驚きはってひどく困惑していました。
「そうか…で、この子の名前は?」
「あ、そないゆうたらまだ名前聞いてなかった。君、名前は?」
「メイっていいます。」
「メイちゃんね。今日からうちらと一緒に暮らしましょ。よろしくね。うちはケイです。この方はボンさん。こちらはうちのお父様。」
「ケイさん、ボンさん、お父様、ありがうございます。よろしくお願いします。」
「可愛い子やなぁ。メイちゃん、わしの事はほんまの父親と思うてくれたらええで。」
専務理事はあどけなさの残る少女猫のメイにデレデレだす。

無事に新年を迎え再び平穏な日常が戻りました。
栄養失調で痩せ細り心に深い傷を負っていたメイは、わてらと寝食を共にする事でようやく健康的で明るい姿を見せるようになりました。持病の気管支炎も徐々に回復の兆しが見えてきてます。
今ではおケイはんとメイは実の姉妹のように仲良しになっております。
しかしわての心はちっとも晴れまへん。一見幸せかのように思われる日常にふと疑問を抱く瞬間があります。理由は不明ですが…
元々が親族に捨てられて産まれた時から孤独やったという生い立ちがそうさせるんでしょうか?初めて本気で惚れた異性と心から尊敬する師匠を立て続けに失ったことで、尚の事生きる意味を見失い迷走してる感じだす。
こんな不安定なメンタルで自警団の最高責任者などといった重要な任務が務まる筈もないと、最近のわてはつくづく思います。いやしくも大勢の部下の命を預かっておるんだす。わては重責に押し潰されそうだす。

わてはついにある決断をしました。
わては自警団の最高責任者を辞任して、何処へと旅に出ようと決めました。
「おケイはん、ちょっとええかな?」
「どないしたんです?神妙な顔して…」
「短い間でしたがお世話になりました。わて、自警団を辞めて旅に出ようと思うてます。わての後任はカルボナ君が相応しいと思います。ほんま急にこんなこと云うて申し訳ないだす。」
「ええっ!なんで…うちそんなん嫌です。ボンさん、どこにも行かんとってぇ…」
おケイはんはわてにすがりついて泣きじゃくってます。わてもつらいだす。しかしわての決意は変わりまへん。

夜明けの停車場に降る雨は冷たい。涙を噛みしめてサヨナラ告げる。
嫌いでもないのになぜか、別れたくないのになぜか、一匹で旅に出る。
わては悪い猫。だから濡れていないで早くお帰り。
君には罪はない。罪はないんやで。

翌日の朝、わては専務理事に辞表を提出し自警団本部を後にしました。
専務理事から引き留められましたが、断腸の思いでわての本心を打ち明けてようやく了承して頂きました。
行先は決めてまへん。適当に長距離便のトラックの荷台に乗り込んで、たどり着いた土地で新たな人生、いや猫生を送ろうかと思うてます。

何時間寝てたんやろか……わてはトラックの心地よい揺れでがっつり熟睡してました。夢もなんも見んとほんまにがっつり爆睡してました。
これまでの疲れが相当溜まってたんでしょう。
目が覚めてしばらくすると、トラックは目的地に到着したのか停車して運転手らしき男の声と他にも人間の声が聞こえてきました。周囲も騒々しいだす。
運転手らしき男が荷台の幌を勢いよく開けたと同時にわての存在に気が付いて大声を上げました。
「おおー、猫が乗っ取るわー!いつの間におったんやぁー!」
わても男の大声と挙動に大いに狼狽して、咄嗟にその場を飛び出しました。男は大層仰天してました。
「うわぁ、なんやこいつ!おい、どこ行くねん、こら!」
わては身の危険を感じたので、ひたすら猛ダッシュで何処へと走り去りました。見たところここは運送会社のトラックターミナルやと思われます。

わてはトラックターミナルを後にしてひたすら走りました。しばらくしてもうええやろと思われたので、走り疲れたのもあったので立ち止まり周囲を見渡しました。
今まで見たこともない程に自然豊かなのどかな風景だす。明らかに大阪とは異なる風景にわてはしばらく見入っていました。
なにがちゃうかと云うて、まず高い建物がないだす。車も人間も少ないだす。遠くに山があり、田んぼもあります。ほんまに生まれて初めて見る風景だす。これが俗に云う田舎と称される場所なんやなと思いました。

しばらくぼんやり風景を眺めていると、通りすがりのわてと同い年ぐらいの同族に話しかけられました。
「んー、おめえ、どっから来たん?見た事ねーのー。」
彼の口調に少々戸惑いました。初めて聞く言い回しだす。
「へぇ、わて大阪から来ました。ボンと申します。よろしくだす。あのぉ、すんまへんけど、ここはどこだすか?」
彼はわてが大阪から来たと聞いて大層驚いていました。
「はあ?大阪ぁ?マジかぁ?よー来れたのー。ここは倉敷じゃ。おめーどがんして大阪から来たん?」
「へぇ、トラックの荷台に乗って来ました。で、ついさっきあそこのトラックターミナルに到着して走ってここまで来たんだすわ。」
「あー、福通か。おめー変わっとんなー。なんでわざわざ大阪からこがんなど田舎へ来たん?」
「いやぁ、ちょっと訳ありで……見知らぬ土地で人生やり直したいと思いましてほんで来たんだす。」
「そうか。まあええわ。なんならわしらぁが住んどるとこへ案内しちゃるけーついてけー。」
「おおきに、ほなお言葉に甘えて世話になりますわ。ところで、あんさんのお名前教えてくんなはれ。」
「わしか?わしゃぁ、ジローじゃぁ。ボン、よろしゅうな。」

わてはのそのそとジローの後をついて行った。田んぼのあぜ道をひたすら進んで行くと複数の民家が並んでいる集落が見えました。その集落のとある民家の住人にジローは飼われているとの事ですわ。
「わしゃぁ、この家で飼われとんじゃ。おめえもけぇよ。」
わてらが民家の庭に侵入すると鎖に繋がれた柴犬がワンワンと吠え立ててきたんで、わては思わずアンドレを思い出して顔がにやけていました。
「あの柴犬はタロー言うんじゃ。後で紹介したらー。」
ジローに云われるままについて行くと、ジローの飼い主やと思われる初老のおばちゃんが奥の間から出てきました。
「まぁたどこほっつき歩いとったんよぉ。おめえ、メシん時しか家におらんのー。ん?おめえ、友達連れて来たんかぁ?」
人の良さそうなのんびりした雰囲気のおばちゃんは、しゃがみこんでジローとわての頭をなでなでしていました。
「この家はな、おばちゃんと旦那と息子夫婦と小さい子供が二人おるわ。夜と日曜は全員おるからまあ賑やかじゃー。」
「そうなんや。ジローは産まれた時からこの家で飼われとるんか?」
「んにゃ。わし元々は野良じゃったけど、ある日ふらーとここに来てから、メシ食わせてもろーたりしょーてのー、気が付いたらいつの間にか住みついとったんじゃー。」
そうこうしていると、おばちゃんがメシを持ってきてくれました。
「ほれ、友達の分もあるけー食え。」
鰹節をまぶしたご飯が器に盛られているメシは、わては初めてだす。
「んんん、むっちゃ美味いやん。」
チュールとはまた違った素朴な味わいがたまらんだす。
「おめーのー、隣の家の老夫婦んとこ行くか?」
「へ?な、なんやて?」
「隣な、最近飼うてた猫が車に轢かれて死んだんじゃ。へーでのぉ、じいさんもばあさんもすげー落ち込んどんじゃ。おめーがふら~と行ったら二人とも喜んで飼うてくれらー。のー、行ってみー。」
ジローの提案にわては少々困惑しました。今まで人間に飼われた経験がない故、果たして上手くやっていけるのか?と云った不安が頭をよぎりました。


fin






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