一人ではないことを知ったから、一人でいられる自分になる
一人でいることを、意図的に求めることがある。
「一人になる」時間が、私には必要だ。
でも、割と最近まで一人でいる時は「寂しさ」を感じることが多かった。
特に小学生のころは、「一人でいることを強制されてしまっている」状況だったから、一人でいることの不安や寂しさは大きかったのだと思う。
(友だちがいなかったり、家族仲が良くなかったので、望まなくても一人で過ごす時間が多かったのだ)
大人になってからも、私にとって「誰かといることができない自分」が、「一人でいる自分」の表れだった。
だから、寂しさや不安を感じたくなくて、無理やりにでも予定を入れて、一人にならないことに必死だった時期も長い。
今、自分が穏やかに
「私には一人で過ごす時間が必要なのだ」と言えるのも、「一人の時間を欲する」ことができるのも、
「自分が一人ではないことを知った」
からではないかと思っている。
この「一人でいること」について考え始めると、
宇宙兄弟に書かれた
「我々は孤独だが、一人ではない(We are lonely, but not alone.)」
を思い出さずにはいられない。
「孤独である」と「一人である」ことの違いはなんだろうか?
まだ少し絡み合っている思考を整理する時間をとろうと思う。
ありがとうございます。ロックンロールと生クリームとマンガと物語に使いながら、自分の中のことばを探っていきまます。