62.母との別れ

 母が入院して10日目のこと。

 その日は朝からどんよりと曇った空だった。
今にも雨が降りそうな空。

ねぇ、Kおばちゃん、
わたし、今日学校お休みしたいの。
一日ママのところにいたい。

私はKおばさんにお願いした。

「まさえちゃんは学校に行きなさい。
何かあったら学校に電話してあげるから。」

それでも、私は何度も何度もお願いをした。

今日一日だけでいいから、ママのところにいたいの
今日だけ。
明日からはちゃんと学校に行くから。
お願い!!

Kおばさんは、何度お願いしても許してくれなかった。

なぜ、私はKおばさんに、そんなお願いをしたのか…
今でもよくわからない。
ただ、朝、目覚めた時に、

今日はママのそばにいないと…

何となく…
本当に何となく、そう思っただけ。
だから、学校に行かない言い訳が、それ以上何も言えなかった。
一日だけ母のそばにずっと居たい…
という理由だけでは、Kおばさんを説得できなかった。

私は仕方なく学校に行った。
電車からバスに乗り換えて、その間にも

途中で帰ろうかな

何度も思った。
学校が近づく。
学校に着いても、ずっと上の空。
母のことが気になって集中できない。

この日は不思議な日だった。

学校の廊下から見上げた空は、雲は多いけれど、少し晴れて明るいのに、反対側の教室から見上げた空は、濃いグレーの雲に覆われ、今にも雨が降りそうな、そんな空だった。
教室を挟んで全く違う空の様子が不思議で、何度も見上げた。

この日は大好きな家庭科の授業があった。
でも、集中できない。

ママ、どうしているだろう…

そして急に胸騒ぎがした。

授業中、担任のM先生が教室に来て、私は呼び出された。
「お父さんから電話が来て、直ぐに病院へ行きなさい。」
私は何も言わずにうなづいて、まだ授業中の教室にカバンを取りに行った。

教室がざわつく。
「そめ、大丈夫?」
「気をつけてね。」
周りの子が声をかけてくれた。
うなづいて、バイバイだけして教室を出た。

帰りのバスの中、急に涙が溢れて止まらなくなった。

ママはいなくなった

瞬間、そう思った。

もう会えない

私は嗚咽が止まらなくなるほど、バスの中でずっと泣いていた。

朝、おばさんにお願いしたのに。
あんなにお願いしたのに。
どうして。

涙が止まらなかった。

病院に着くと、Kおばさんの次女、大好きなMお姉ちゃんが来ていた。

お姉ちゃん…

Mお姉ちゃんの顔を見たら、涙が出そうになったけど、どうにか堪えた。

一緒に母の病室に行くと、付き添いのおばさんに
「お母さんは別の病室に移ったのよ。」
と、教えてくれた。

「聞いてくるね。」
と、Mお姉ちゃんはナースステーションに聞きに行った。

ママはもう、ここにはいない
帰った方がいい

そう思った。
Mお姉ちゃんが戻ってきて、
「病室、聞いてきたわよ。
まさえちゃん、行こう。」
そう言って小走りに移った病室に向かったMお姉ちゃんの後を追いかけた。

病室にはひとつだけベッドがあったが、そこには誰も寝ていなかった。
荷物も何もない。
窓が全開に開けられ、カーテンが風になびいている。
助手さんがベッドメーキングをしているところだった。

「ここに入院していた方は亡くなって、お家にお帰りになりましたよ。」

その言葉を聞いても、驚きはしなかった。
母はもうここにはいないことを、私はこころのどこかで知っていた。
バスの中でいっぱい泣いたからなのか、涙は一滴も出なかった。

Mお姉ちゃんは、
「…帰ろうか。」
と、ひとこと言って、私の手を繋ぎ、病院を出た。
お姉ちゃんは泣いていた。
なのに、私は涙が出なかった。

これを書いている今日は、9月27日。
母が亡くなった日。

…続く……🛏️

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