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Baby one more time 6

明日から、遠出をする。
あまり気が乗らない2000kmの旅。
3年ぶりに行く、子供の大会。
コロナ前は、半年に一回ほど、この距離を走っていた。
14時間のドライブの中で、9時間が私のノルマ。
明日は朝5時起きだ。

そんなこともあって、食料調達をしないといけないために、車をだした。エンジンをかけるとカーラジオが流れる。
ブリトニー・スピアーズのBaby one more time
あまりにも懐かしすぎて、音量を上げて歌ったアラフィフ。
子供にとってはブリトニーはもう「おばちゃんシンガー」
私にとっては、時代のアイドル。笑
もう世代が違いすぎる。

歌いながら思い出したこと。
それは、まだこの国に来たばかりで、友人のNちゃんも新入りで、コーヒーショップに仕事が決まった!と奮闘していた日々だった。
ある晩、彼女のアパートメントで飲もう、ということになって、ビールを持って遊びに行った。Nちゃんのコーヒーショップ奮闘の話を聞いて飲み始めていると、彼女の同僚から電話が来た。
電話を切ったNちゃんが「あのさ、今から同僚がどうしても合流したいって」というので、まあ、いいか、と。
その電話の10分後にドアベルが鳴る。
職場をクローズして、そのまま走ってきた同僚ちゃん。名前が思い出せないい。この子は当時19歳。頭のネットをしたまま制服で来たのに、きちんとドリンクは右手に抱えて入ってきた。
「バスルームで着替えてくる」と入っていく同僚ちゃん。
入ったと思ったら、速攻で出てきた。
それも、着替えも終わっていないのに。
何故か。
ラジオから「Baby one more time」が流れてきたからだ。
「N、ハナ、見て!振付覚えたの!!!」

同僚ちゃんはなりきっていた。ブリトニーからは東と西というくらい反対側にいるような同僚ちゃん。
でも、きっと自分の部屋で、何度もビデオを見て、覚えたんだろうなあ、という感じで、完璧マスターして、メガネが落ちないように、気にしながらブリトニーになり切っている彼女に、半分酔っ払った私のNちゃんは固まってしまった。
彼女の演出がなんとも、ちゃんと、制服のネクタイ(偶然にも!)をずらし、第二ボタンまでシャツのボタンをはずしている同僚ちゃん。

この夜、同僚ちゃんとは初めて会った。なのに、彼女は何の衒いもなく、ブリトニーになり切り、どうしてもこのマスターした振付を披露したかったのだ。
もちろん、マスターしたダンスはミュージックビデオそのものだった。
同僚ちゃんが踊り終わると、私とNちゃんは拍手をした。
スタンディングオベーション、とはこのことだを言わんばかりに。
満足した同僚ちゃんは、「日本人っぽく」お辞儀をして、「アリガトウ」と言い、バスルームへ消えていった。

笑っていいのか、感動していいのか、私たちは言葉を失い、お互い、ビールを飲みほした。

私が生きていた人生の中で、「イケてない」子というのは自信がなくて、ついつい、内側にこもってしまう。
イケてないという言葉は当てはまるかどうかはわからないけど。
さすがに、私も人前で踊りを披露することはできないかもしれない。
Nちゃんから聞いた話だけれど、この同僚ちゃんを馬鹿にするような子たちも同じ同僚の中でいるらしく。それでも、わが道を行くというこの同僚ちゃん。Nちゃんは見習いたいといいながらも、「日本では見かけないタイプだよね」とつぶやいた。
あの時、酔っ払いながらも、彼女の行動に感動したのだ。
人が思うことを気にするよりも、自分がしたいことをする。
そしてハッピーでいる。
あれから、気が付けば、そういう人にそれなりにあってきたような気がするけれど、親になり、親という人たちと付き合い始めて、そういう人を見かけなくなった。そして子供たちすらも。いわゆる神対応というのを気にしながら生きていく人たちの中に私は生きている。みんな、違うのに、みんな同じだ。怒る人、泣き叫ぶ人、爆笑する人、がいない。神的態度なのだ。

面白くない。

あれ以来、ブリトニーをネットニュースで見たり、彼女の曲がラジオから流れると、同僚ちゃんを思い出す。
ブリトニーとはかけ離れている彼女なのに。
頭のネットをはずして、ポニーテールを取って髪を振りながら踊っていた同僚ちゃんを。
そして改めて思い出し、考えるのだ。
自分は自分、楽しく生きる。そんなことを一瞬にして教えてくれた同僚ちゃんの生きざまを。

お天気の良い、5月。
信号で、止まって、それでも歌い続けたBaby one more time。
いつもなら、ボリュームを下げて、クールに信号待ちをするけれど、今日はやっぱり同僚ちゃんのスピリットで行ってみようではないか。
もちろん隣の車線に止まったおじさんがこちらを凝視しているのを目の端っこでわかったけれど、気にしない気にしない。
気持ちが良い5月のブリトニースピアーズ。
30代に戻った気持ちがした。

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