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ブラボーの夜

音と音は重なりあって響きとなり、会場全体を甘い蜜で満たしていた。
その公演が夜に開かれていたのなら、空間はより甘美なものとなったのだろう。黒紫の宵闇に包まれたベルベットの手触りの晩、聴衆は、ほんのひととき旅の同志として、楽曲の方舟に乗り合わせた。
昼下がりの健全な陽光にふさわしく、カジュアルに軽快に幕を閉じたリサイタルは、呼び水のように歴史深い音楽たちへの渇望を沸き起こした。
いつ聴いても心地よい。
朝には澄んだ目覚めを讃える一曲を、午後には紅茶の風味を引き立てる香り高い一曲を、そして夜には艶めいて甘い眠りを誘う一曲を。
形のない音は、ただその瞬間に現れて消える幻のような存在で、私たちの内側にすばらしい余韻を残してくれる。それを奏でる演奏家たちは、過去と未来、あの世とこの世を繋ぐ橋をつくってくれるシャーマンだ。
演奏のあいだ、人々の空想や夢想を具現化したら、ホールの天井近くにはどんなビジョンが展開されるのだろう。
見えないものは、やはり確実に人類の行動に力を及ぼしている。
その見えないものは、わたしたち自身が創りだしていることもあるのだ。
感じることと創ることは双子で、寄り添ったり、けんかしたりする。

はじめの一音、込められた魂の深さに触れる。
同じ曲でも、それぞれの持ち味が響きを変える。
踏み出して開かれる第一楽章、馴染んで広がりゆく第ニ楽章、急展開の第三楽章でもうとっくに登場人物になっていて、第四楽章で渾身のフィナーレを迎える。隣席の観客も、指揮者も奏者も、作曲家も、みな混ざり合い、創りあげた世界観に歓声を。
力強い"Bravo"が、会場に鳴り響く。

コンサートの味わいを、その愉しさを思い起こさせてくれた。親しみやすく暖かなリサイタルに、奏者の若人たちに、日ごと進化してその音に深みをもたせる可愛い私の友人に、感謝。

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