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一夜の冒険

#夢 #冒険 #夢占い #夢分析 #眠り #目覚め #ゲーム #物語 #小説 #コラム #エッセイ #写真

始まりは、朝。

慣れない部屋のダイニングテーブルのあたりから、ひとりの人物が覗き込むようにこちらを見やる。
一瞬たじろいだのだが、無理もない。
一昨日、突然会おうと言い出して、ちょうどスマホを触っていたというタイミングのよさも手伝って、ひとつ返事で了承したのだ。
もう何年も前に行きつけのバーで複数の友人グループ同士で知り合い、個人的には一度も会うこともなく、季節の変わり目に思い立ってはメッセージをやりとりするだけの仲だった。
もちろん、そこで朝を迎えている予定もなかったし、男性なのか女性なのか、はたまたその間なのかもよくわからないその人物について、ほとんど何も知らなかった。知らないという気がしていた。
質のよさそうな、重厚なカーペットの上でその人は片足だけ立てて胡座をかいて座り、昨日の待ち合わせから一切の記憶がないと話す私に、半ば呆れたような表情をして力なく笑う。
待ち合わせて、複数の友人と大いに盛り上がり、まるで自分の家に帰るかのような自然さで一緒にこの部屋に帰ったらしい。
そんなことより、と切り出したその人が話したのは、

「朝は一気に駆け抜けるから今日の予定を伝えておく」

ということだった。

その人は、あまりにも大きな窓ガラスの方を指差した。
サッシのない、奇妙な窓だ。
随分な高度に位置している。
ものすごく背の高い樹々が眼下に広がり、まるでドローンで映した風景のように見える。
ビルのひとつひとつにある生活が、なぜか拡大鏡で見ているみたいに把握できる。
鍵も枠もない窓は音も立てずに滑らかに開き、ほぼ水平を保ったままで「コースター」としか言いようのない乗り物がバルコニーに侵入した。
前から2番目あたりに、以前の職場の先輩が座っている。
左手を軽くあげる挨拶はこの世界ではお辞儀と同じくらいに、習慣的で気軽なものであるようだ。
同じようにすると、先輩は声を上げずに大きく笑って隣の席を指した。
乗り込むと、やはりいっさいの音もなく、コースターは発進した。
さっきまでいた高い天井の広い部屋には、もうすでに人影がなかった。
本当はそこには誰も住んでいないのかもしれない、と不意に思った。
バーで出会ったはずのその人物の顔は、覚えていたそれとは全く異なっていたのだ。
それなのに、違和感はなかった。これっぽっちも。

赤色の、ポルシェみたいな曲線を持つその乗り物は、目には見えないレールの上をとんでもない速さで滑っていく。
先輩はやっと声を発して、いつになく満ち足りて、どっしりと構えたような、肝のすわったような様子で穏やかな表情をしている。
細く、黒い髪だけが風になびいている。

「もしかして、この乗り物も私たちも他の人には見えてないんですか」

「そうだね」

短い返事に続けて、彼女はこのせかい世界の仕組みについては語らなかったが、彼女が〈このこと〉を知ったときのことについて話してくれた。
彼女が、〈このこと〉を知ったのは、万博のとき。
その万博が、いったいいつの万博のことを指しているのかは尋ねたが教えてはくれなかった。
少なくとも、彼女は万博のときに異国の紹介をしていた、とあるコーナーで背の低い人に話しかけられたそうだ。その人の話では、彼女に話しかけたのは偶然ではなく、万博を待たないとそのチャンスがなかっただけで、もうすでに声をかける相手は決まっていたらしい。選ばれし者、なんていう言葉が浮かんだのが顔に出ていたらしく、先輩は笑った。そして言った。

「選ばれる、ってことは選ぶ人がいるってことでしょう。選ばれたとかじゃないんだよ、きっと」

〈このこと〉を知っているのは、学者やお金持ちと決まっているわけでもないし、特定の団体や、共通の教えを信じる人、ということでもないようだ。
共通点もなければ、生まれた時点で予測することもできない。
強いていうなら、〈このこと〉を知っているというのが共通点で、私もその共通点を持ってしまったということなのだろう。
豪速の赤い乗り物から、自分たちの姿を捉えもしない人々の群れを、その生活を眺めながら、私たちはその話をした。
あっという間の気もしたし、とても長い間旅していたようにも感じた。
大河の上を、ビルの間を、雲の中を、教室の真横を、ぐんぐんと進んだ。

言うか言わまいかも考えぬまま口に出ていた、

「こういう物語って、必ずピンチに陥りますよね。へんなボスが出てきたり、怪我したり、突然仲間とはぐれてひとり孤独にダンジョンに迷い込んだりしますよね、ゲームとかだと」

瞬間、先輩の顔が歪んだ。
しまった、と思ったが時すでに遅し。
墜落するような勢いで画面が切り替わり、ぬるっと湿った感触の煉瓦が積まれた地下牢のような部屋。そこが次のステージだった。
人間を食物とする恐ろしいゴブリンの襲撃をぎりぎりのところでかわし、

「木のトンネルを…!」

と念じると、カタカタと木製のダイヤルが回る音が聞こえて、右側からステージが土台ごと入れ替わった。
和風の家々の屋根が遠くに見える山の、その日は祭りのようだった。
お面をつけた人々、神社の灯り、懐かしいようなメロディー。
交差点に差し掛かったところの、祀られた一角に注目すると、少しだけ寒気がしたが、左手から現れた哺乳動物の温もりに安心する。
なんともいえない可愛らしさを発するその生き物からは、電球のような光を発して私に尋ねた。

「わかってきたか」

よくある冒険ものの、ちょっとハズした感じのおもしろキャラみたいなそいつは敵か味方かもよくわからなかったが、先輩と同じように自分の姿が見えていて、〈このこと〉を知らない人たちの目には見えない存在なのだろうと、私は感じていた。

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春眠暁を覚えず。
9時間も10時間も眠り続けた結果、このような夢に覆われて、花粉と霞でもんやりとした空を眺めても、醒めたような醒めないような妙な感覚で朝を迎えた。
細部まで思い起こせる、謎の多い不思議な夢。
夢の中でも、これは夢だなと気づいたし、そういうのを明晰夢と呼ぶんだよな
とも思っていた。ゴブリンのシーンでは、見知らぬ誰かの血液の色を感じて怖くなって「もう起きたい!」って思ったし、コースターで風を切る心地よさはまだ頰に残っている。リアルに。電球色の光を発する哺乳動物の、手触りの良さといったらなかった。
〈このこと〉の説明はきちんとした形ではなされなかった。
脳の隅のほうでなんかわかっているような、へんな感じもしている。
夢分析の人なら思いつくこともあるだろうし、夢占いでもいろいろと情報は拾える。夢を夢として、流してしまうのがもったいないくらい、極彩色の生々しい質感の、第六感までフル活動のノーカット版みたいな夢だったから、覚え書きみたいにとりあえずここに残しておこうと思った。

実際に体験したできごとは、それがたとえ夢であってもほとんど止まらずに、するすると流れるように書き起こせることを知った。意外だった。

実際に体験していない出来事でも、集中してその世界を味わえていれば、同じように筆が進む。

登場人物は実在の者と同様にダメージも与えるし、その言葉は自身になげかけられたのと同じくらいにその者を助くだろう。

とにかく、夢の影響を小さく見積もってはいかんのだろう。
わけもなく、願った。
よい眠りを。
付随して、よい目覚めを。
みんなに。

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