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ノルウェイの海 9

◆これまで
 大学に入学し、『映画研究会デ・ニーロ』というサークルに入った僕は、先輩達と自主制作映画「ゾンビ館の殺人」を作ることに・・・。


 伊豆での撮影を終えた僕たちは、こんどは真っ暗闇の深夜の富士の樹海へとやって来ていました。
 夜も更けて暗い木々が鬱蒼と立ち並ぶ森の中、僕らは懐中電灯やランタンを引っさげて辺りを照らしながら、大きなコンポからよく分からない黒人ラッパーの騒々しい音楽を爆音で流していて、眠れる森の静寂を台無しにしていたのでした。

 これは、撮影した後の編集作業を面倒臭がっていた部長の国木田の思い付きで、BGMを後から足すのが面倒だからいっそ撮影中に後ろで音楽を流して一緒に撮ってしまえという乱暴なアイデアなのでした。
 夜の森というと、ホーホーとフクロウの声がしたり、木々がザワザワと風に騒ぐような不気味な雰囲気が漂っているイメージでしたが、幹事長の佐伯先輩が肩に担ぐ、デカいコンポから流れ出るやかましい音楽に全てかき消されてしまっていました。


 ここで撮るのは、ヤクザ達が拉致した運び屋を山中に埋めてしまうという場面で、セリフも特になく、山の中で穴を掘って車から運び出した死体を埋めるというだけのシーンでした。その運び屋は拉致される直前に依頼品のヤバい薬を飲み込んでしまい、その効果でゾンビ化してしまい、地中から這いずり出しヨロヨロ歩き始める、というところまでを撮影する予定でした。

 森の中の窪地になっているところを撮影場所に決めると、僕たちは車から機材を運び出していきました。
 テキパキと撮影準備を進めたい僕たちでしたが、先輩達は既に酔っぱらっていてまともに働かないのもあり、なかなか撮影が始まらないのでした。

「ちょっと酒が入ってるくらいの方が、リラックスしていい演技ができんだよ。」

 監督兼ヤクザ役の国木田は、ワインの瓶をラッパ飲みしながら太い木の根本に座り込んでいました。
 ダボダボのスーツに赤い柄シャツという趣味の悪い一張羅には足元やお尻に泥がついているようでしたが、気にしていないようでした。
 もう1人のヤクザ役の佐伯も黒シャツに黒スーツといういで立ちで、190cm近い巨大で木にもたれかかっていたのでまるでクマがいるみたいでした。細い目と眉にシワを寄せてブツブツとシーンの確認をしているようでしたが、同じくワイン瓶を手に持ってラッパ飲みしていました。

 撮影準備は遅々として進まず、その間にも先輩達の酔いは深まっていくばかりで、脚本と演出の松永先輩だけは、どこからか持ってきたデカいワイングラスに赤ワインを溢れるくらいなみなみと注いで優雅に飲みながら、

「俺はもうだめだな。カメラ真っすぐ撮れないから、お前が撮れ!」

とカメラマンの役目を僕たちに押し付けてきたのでした。

 こうして、監督、脚本、カメラマン、演者全てが泥酔してしまいグダグダの中、樹海シーンの撮影は始まったのでした。

「それでは樹海シーン1、スタート!」

監督代行の僕が声を出して、黒い木の板みたいなやつをカチンっと鳴らしカメラが回り始めました。

 ヤクザ役の国木田と佐伯が、車のトランクから袋に詰められた死体を出して森の中に運びます。酔っぱらい過ぎて足元がフラフラしていましたが、なんとか転ばなかったので甘々な採点でOKにしてしまいました。森の中の窪地に辿り着くと、シャベルで穴を掘り、そこに死体を埋めると、2人して煙草を一服して去っていきます。

 言葉にするとこれだけのシーンなのですが、これを撮るのにたぶん2、3時間はかかったと思います。
 ヤクザ役の2人はこのシーンを取り終わると「もうダメだ。あとは頼む」と言って、落ち葉のたまった柔らかそうな所で仰向けに寝っ転がってしまいました。
 樹海の真ん中でよくそんな寝っ転がる気になるなと不思議でしたが、僕たちも早く撮り終えて帰って温かい布団で眠りたかったので、テキパキと最後のシーンの撮影を始めました。


 最後のシーンは、死んだと思って埋められた男がゾンビ化して地中から這い出してくるシーンでした。
 まずは、穴を掘ってゾンビ役の河野先輩を埋めてしまうところから始めます。

「大丈夫かな。息できるかなコレ。」

埋められる河野先輩は心配そうでしたが、

「大丈夫だ。息はするな。」

と松永先輩はワイングラスを傾けながら真顔で告げていました。


「それでは樹海シーン2、スタート!」

そう言って打木をまたカチンっと鳴らし、この映画の主役たるゾンビの登場シーンが始まりました。
 地面からズボっと人の腕が出てきて、何かを探すように空中をクルクルとした後、地面に手をついてのそりと上半身が持ち上がります。土にまみれた髪の下には土気色で血だらけの顔が現れ、ゾンビはやがてゆっくりと立ち上がるとノロノロと歩き出し、樹海の奥へと消えていきます。

 ゾンビメイクは元美術部の僕に任されていて、事前にアクリル絵の具を使って、河野先輩の顔を適当にゾンビ化させていました。
 ゾンビなんてできるかなと思っていましたが、顔全体を灰色にして、目の下をクマで真っ黒にし、血がダラダラ流れてるみたいに赤く塗ると案外それっぽいものができあがっていたのでした。

 ゾンビにはうるさい松永先輩も満足する出来だったみたいでしたが、演技指導の方もかなり熱が入っていたため、このゾンビ登場シーンは何度も撮り直すことになり、その度に河野先輩を埋め直し、結局撮影が終わる頃には空が白み始めていたのでした。

 撮影を終えて、バカでかいコンポのスイッチを切り、もう何周リピートしたか分からないうるさいラップからようやく解放された僕たちは大きく伸びをしました。

「はあ〜終わったー。」

撮影現場の隅では、国木田と佐伯が酒瓶を抱えて高いびきで寝入っていました。


つづく

次回、「山中の孤立した別荘で殺人事件が起きる時、そこには探偵がいなければならない」!?


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