ホットドッグ

「炒めよ、カレー味のキャベツ」と妻は言った。

小雨がぱらつく鬱陶しい梅雨時の週末、調べものをしに図書館へ出かけた。

図書館というところは本当に素晴らしいところで(遠回しに我々は市民税などでお金を払ってはいるけれども)基本無料で、一生かかっても読みつくせないだけの知識と情報とを湯水のように与えてくれるのだ。世の中に無料でお腹いっぱいにさせてくれる食堂やレストランはないし、怪我や病気を治してくれる病院はないし、学校だって義務教育以降は無料ではない。なのに図書館はタダなのだ。なんて気前がよいのか。

しかも図書館の書物や文献の素晴らしいところは、その分野に多大な時間を費やし、生涯を捧げた専門家が責任と使命感を持って書いた、信用の置ける資料が揃うということだ。

調べものをして世に伝えるという仕事に長年携わってきて実感していることだが、WEBの世界には本当に欲しい情報の全貌・全容はまず存在しないと思う。書物や文献に記された情報や資料を海にたとえると、WEBではせいぜい水面から顔をのぞかせた氷山の一角を見られるに過ぎない。しかもややもすると、その氷山の一角をさらに一方向からしか眺められていなかったりする。へえぷーである。

ほんまにもうコピペで知ったかぶりして原典にもふれずに無責任な説を流布しているキュレーションサイトのライターたちは恥を知れと思う。字が打てれば誰でもライターになれる時代。情けない。とほほ。

それはさておき、今日はホットドッグの話。

近所の商店街で「シャウエッセンの規格外品」なる商品が手に入った。真偽のほどは定かではないが、なるほど穴が空いて中身がもれたり、不恰好なソーセージばかりが愛想のないビニール袋に詰められて、500gで税込540円。シャウエッセンといえばいつも我々夫婦が指をくわえて通り過ぎる高級ソーセージではないか。いささかブサイクとはいえ、破格の安さ。買わないわけにいくものか。残り2パックだったうちのひとつを喜び勇んで購入し家路に着いた。今日のランチは自家製ホットドッグである。

大阪育ちの妻に訊いた。「キャベツのカレー炒め入れる?

妻はむしろ驚いてこう答えた「え、入れへんの?」。

そうである。大阪ではホットドッグにキャベツの千切りのカレー風味炒めを入れることは、お好み焼きにマヨネーズをかけるよりも当然のこと。タマゴサンドがつぶしたゆで卵をマヨネーズで和えたフィリングではなく厚焼きタマゴなのと同じぐらい、当然至極のことなのである。

あいにく大阪に生まれていない私にとってはそれはDNAに刻まれた必然ではなく、また妻も「大阪のスタンダードを全て私が認めていると思うなよ」というところがあるので、一応確認したまでだが、やはりキャベツのカレー炒めは不可欠とのことであった。

いったいなぜ、いつ頃から、あるいはいつ頃まで、西日本では(?)ホットドッグにキャベツのカレー炒めを挟むようになったのか?

アメリカのホットドッグはパンとソーセージ、気が利いてもタマネギのみじん切りを加えるのがせいぜいで、キャベツは入っていないらしい。

我が蔵書をひもとくと、昭和35(1960)年に発刊された中央公論社の
「世界の料理5 西洋料理Ⅱ」にはアメリカ料理の中にホット・ドッグの
項があり、「サワクラウド」を挟むとある。「サワクラウド」とは
日本人の名前(沢 蔵人)みたいだがもちろんそんなわけはなくて
ザワークラウト、ドイツ料理のキャベツの酢漬けのこと。
つまり、このときには日本ではホットドッグはキャベツを挟むものという
観念が定着していたと考えられる。だがカレー味ではない。

そして昭和40年代初頭、マクドナルドなどのファストフードが台頭する以前、関西(西日本)では黄色いライトバンで移動販売をするホットドッグ屋さんがよく見かけられ、それらのお店で売っているホットドッグはキャベツをカレー粉で味付けしていたらしい。

どうやらこれには、キャベツそのものよりもソーセージに理由があったと考えられる。

当時はソーセージも現在のような豚挽肉がベースの本格的なものではなく、魚肉ソーセージ(に近いチープな風味のもの)であった。カレー味のキャベツはそのパンチの弱さを補う意味もあったのかも知れない。

ちなみに日本にマクドナルドができたのは1971年、
実はほんの最近の話である。それより少し前にホットドッグは
屋台料理として日本で売られ始めていたようだ。
魚肉ソーセージ自体はもっと歴史が古く、戦後間もない1949年に
愛媛県八幡浜市で生産が始まっている。

当時はまだ現在ほど欧米の料理事情が情報としても素材としても伝わってきていなかっただろうし、そうなると独自の発展を遂げるのも無理からぬ、ということになる。

というか、なるべく現地のものに近い食材と調理法、風味で料理が提供されるようになった現在が特異であって、本来料理は伝播とともに変形していくものであったのだが。

滋賀県高島市にはこの黄色いライトバンのホットドッグを細々と続けている業者が現在も残っているようだ。フェイスブックのページで営業の案内もせせと出している。もしかしたらここに聞けば何かわかるかもしれない。近々行って聞いてこようと思う。

他にも、今でも下町の昔ながらの喫茶店ではキャベツのカレー炒め入りのホットドッグやサンドイッチを出してくれるところがちらほら残っている。


個人的には大好き。思ったよりもパンに挟まる量が少ないので、家でホットドッグを作るときにはキャベツの炒めすぎに注意してください。


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