140字小説集

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ノート

ため息貯金(140字小説)

ため息貯金が人気だ。働きはじめた頃は誰でも、ため息貯金のことなんか考えもしない。毎朝日の光を浴び、空を見上げて深呼吸をし、希望と活力に満ちた日々を過ごす。いつからか人は皆、視線は常に下向きになり、吐く息は重く、ため息貯金をはじめるようになる。今夜もあちこちでため息がたまっていく。

友よ、ビールよ(140字小説)

寒い冬が好きだ。山に登り、一面が雪の中テントを張り、キンキンに冷えた缶ビールを飲む。おそらく、僕史上、最高に贅沢で、最高に幸せな瞬間だ。加えて僕には、その最高に贅沢で幸せな瞬間を、共に過ごすことのできる友がいる。たぶん、僕は、地球史上、最高に贅沢で最高に幸せな人間だ。友に、乾杯。

今日は昨日の続き(140字小説)

朝目が覚めると今日も昨日の続きだった。僕はいつもの僕で、他の何者でもない。三十分もすればシャワーを浴びて、歯を磨いて、仕事へ向かわなければならないだろう。眠りに落ちる前に、僕はいつも少しだけ期待する。目が覚めたら、新しい一日がはじまるのではないかと。あー、昨日の続きがはじまった。

レール(140字小説)

家の前からレールが三本伸びている 。一本は僕のレールで、一本は妻のレール、そしてもう一本は生まれたばかりの息子のレールだ。息子のレールはまだほんの数メートル、ピカピカだ。僕はつい息子のレールに手を伸ばす。妻が隣で僕の手を止める。そうだ。自分のレールは自分で作る方がきっと楽しいのだ。

中秋の名月の次の日(140字小説)

仕事帰りに空を見上げると月がまん丸だった。そういえば昨日は中秋の名月だったな、なんて思ったり。今日はちょっと雲が多いけど、今はちょうど晴れて綺麗に見える。よく見るとうさぎが餅を食べている。僕は子どもの頃から目だけはいいのだ。餅つくうさぎもいいけど、食べるうさぎもいいよね、なんて。

生きることに退屈でどうしようもなくなったとき、僕は(140字小説)

生きることに退屈でどうしようもなくなったとき、僕は駐車場で昼寝をしている猫を見ることにしている。そんなに都合よく見つかるのかって?これが案外見つかるのだ。人間、意識していないものはあまり目に入らないことになっている。よく見れば津々浦々の駐車場で猫は昼寝をしているのだ。あー、暇だ。

運命(140字小説)

なぜバナナになりたいと思ったか自分でもよく分からない。好きだから、それだけでバナナとしてやっていけるとはもちろん思っていない。けど、人間として暮らす中で「このままでいいのか?」という思いが常に頭の片隅にあり、そんなときバナナが不足していることを知った。僕は運命ってあると思うんだ。

秋の桜(140字小説)

風の噂で彼女が桜になったことを知った僕は、さっそく訪ねてみることにした。季節はもう秋で、桜を探すのは少し大変だった。「どうして桜に?」と僕が聞くと、「春が嫌いなの、みんなバカみたい」と彼女は答えた。理由は分からなかったけれど、相変わらず彼女は可愛くて、秋の桜も悪くないなと思った。

暑い暑い暑い。(140字小説)

最近の暑さは考えものである。例えば今日、僕は仕事帰りに駅のショップで缶ビールを買った。そのとき、レジに新発売のグミ(梨味)があり、まんまと一緒に買ったのだが、一粒だけ、暑さのせいか、グミになりきれない梨がいたのだ。ジューシーで少しグミで、、、もちろん僕は美味しくいただいたのだが。

猫の恩返し(140字小説)

家を出ると猫が待っていた。最近見かける野良だ。昨夜は雨風が強かったので、もしかしたらと思い、ガレージを少し開けておいたのだ。僕が歩くと後ろを付いてくる。コンビニに寄り缶コーヒーを持ってレジに行くと、猫は読取機に肉球をかざし、「にゃー」と鳴いた。どうやら支払いが完了したようである。