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超短編小説 「途中」

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140字くらいの小説が入っています。よろしくお願いします。
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2019年9月の記事一覧

後悔(140字小説)

後悔(140字小説)

ある朝、早足で駅へと向かっていると「どこへ行くの」と声がした。見ると近所の猫がほぼ小走りで僕に並走している。「急いでるんだ」そう言うと僕は駅へと走った。途中、赤信号で止まったとき振り返ると、猫は少し寂しそうな顔をして立ち止まっていた。たぶん僕はそんな風に言うべきではなかったのだ。

つきあいのよい猫(140字小説)

つきあいのよい猫(140字小説)

つきあいのよい猫がいて(もちろん僕が勝手に思ってるだけかもしれないが)僕が仕事帰りに近くの公園で缶ビールを飲んでいるときなどよく寄ってくる。今日、大事な仕事でミスをした僕が公園で落ち込んでると、「そんな日もあるさ」とその猫は言った。猫はビールを飲むと少し顔をしかめて、げっぷした。

妻との出会い(140字小説)

妻との出会い(140字小説)

ある朝、家を出ようと玄関を開けると、待ちかまえていたかのように猫が一匹飛び込んできた。そのままにしておくわけにはいかないので、家の中で猫と追いかけっこをするはめに。なんとか猫を追いやることができたけど、結局、一時間ほど遅れて会社へ向かうことに。そんな日に出会ったのが、今の妻です。

父(140字小説)

父(140字小説)

どうやら、あと十分くらいしか時間は残されていないようだ。まだ十分あると思えばいくらかは救われる気もするのだが、実際のところ、十分では何もできない。十分くらいの「くらい」がどれほどの時間なのか気になるところだ。なぜだろう。こういうときに限って父のことを思い出す。僕は父が嫌いなのに。

家に帰ると熊が(140字小説)

家に帰ると熊が(140字小説)

九月も終わりが近いというのに、昼間はずいぶんと暑い日が続いている。先日、中途採用の一次面接を受けていて、その結果がついさっきメールで届いた。何度経験してもやっぱり少し辛い。缶ビールを二本飲んで家に帰ると、見知らぬ熊の親子が扇風機にあたり涼んでいる。こんな世界に、僕は少し救われる。

あのころ僕らは親友だった(140字小説)

あのころ僕らは親友だった(140字小説)

彼を仕事のパートナーに選んだのにはいくつか理由がある。ひとつはもちろん彼が申し分のない能力を備えていたということ。加えて、彼は小柄で(僕は大きな熊が苦手なのだ)、何より、僕も彼もビールが大好きだった。僕らは仕事が終わると毎日ビールで乾杯した。そうだ、あのころ僕らは親友だったのだ。

突風(140字小説)

突風(140字小説)

鼻から空気を吸い込むたびに僕は静かな幸せを感じる、なんてことはなく、今日もいつもの駅で電車を待っている。ふと見るとメールが入っている。ピレアからだ。ピレアはうちで暮らす観葉植物で、暑さ寒さにほど強く、簡単なメールなら打てるという特徴がある。どうやら今朝、僕は水やりを忘れたようだ。

朝目が覚めると(140字小説)

朝目が覚めると(140字小説)

朝目が覚めるとベッドに見知らぬ女性がいて青ざめた、なんて経験は僕にはないのだが、今朝目が覚めるとベッドに見知らぬ猫がいた。すやすやと寝息を立てているので、起こしてはいけないと思いつつ、ほぼ条件反射で僕は猫を撫でる。瞬間、猫は煙のように消え、ベッドにはくぼみすら残されていなかった。

風の強い休日の午後(140字小説)

風の強い休日の午後(140字小説)

ついさっき。今日の横浜は風が強くて、空を見ると雲がすごく早い。僕は昼過ぎに布団から出ると、食べるものがないので近所のコンビニまで買い物に出た。試しに「筋斗雲ー」と少し大きめな声で叫んでみる。遠くの山間から、ちょうどいい大きさの雲が凄い勢いでこっちに向かってきて、通り過ぎていった。

理想的な休日(140字小説)

理想的な休日(140字小説)

連休の中日はどこへ行っても混んでいるので、今日は家にいることにした。少し小腹が空き常備しているチョコレートを食べようとするとちょうど切らしている。仕方がないので錬成することに。寿命を削るのだがたまにはいいだろう。今日はピンクペッパーを入れてみた。うむ、うまい。理想的な休日である。

同窓会で(140字小説)

同窓会で(140字小説)

先日、小学校の同窓会にはじめて参加してきた。卒業以来、三十年がたっていた。少し酔いが回ってきた頃、小学校の隣の公園に皆で行くことにした。すべり台がひとつある。田中くんだ。田中くんは先月、夢を叶えてすべり台になったのだ。僕たちは思い出を語りながら、ひとりづつ田中くんをすべり降りた。

江ノ島(140字小説)

江ノ島(140字小説)

波の音を聞きながら缶ビールを飲むことが好きで、仕事で疲れてどうにも消化できないことがあるときなど、横浜から電車に乗り、夜の江ノ島まで出かけることにしている。缶ビールを買っていつもの場所まで来ると今日は波がない。どうやら今日は休みのようだ。波のない海を見ながら僕は缶ビールを飲んだ。

最後の死神(140字小説)

最後の死神(140字小説)

「やめた!」死神界のエース、若手ホープ、秘密兵器、最後の砦、呼び名はさまざまだが、要するに最後の死神がたった今仕事を放棄したのである。いくら若くて仕事ができるといっても、地球上の死者を全てひとりで管理するのは無理というものだ。やめたくもなる。結局、困るのはいつも一般市民なのだが。

ため息貯金(140字小説)

ため息貯金(140字小説)

ため息貯金が人気だ。働きはじめた頃は誰でも、ため息貯金のことなんか考えもしない。毎朝日の光を浴び、空を見上げて深呼吸をし、希望と活力に満ちた日々を過ごす。いつからか人は皆、視線は常に下向きになり、吐く息は重く、ため息貯金をはじめるようになる。今夜もあちこちでため息がたまっていく。