ストレスがたまると辛いものがたべたくなる衝動の意味



今日、打ち合わせで担当編集さんと食べ物の話になり、その時「俺ストレスがたまるとやたらと辛いものが食べたくなるんだよねー」という一言が出ました。

私はこの言葉に共感&感嘆。

ストレスが溜まった時だけでなく、なんとなくリフレッシュしたい時はあえて辛いものを食べたりしします。といっても辛いものはなんでもいいわけではなく、からしは苦手なのでもっぱら四川料理など唐辛子系の辛さを求めるのですが。

以前からなんとなく「リフレッシュに辛いものが食べたくなる」「頭を使うと辛いものが食べたくなる」という傾向があることに気づいていたのですが、胃が弱いので普段は自制しています。本当は毎日でも食べたいですが三日も食べると胃痛に襲われるので、ここぞ!というリフレッシュアイテムとして活用しています。




※ちなみに中華をたべました。

なぜ疲れるとたびたび唐辛子が食べたくなるか調べてみると、カプサイシンによってアドレナリンやエンドルフィンが分泌されるようです。つまりストレスが溜まると辛いものが食べたくなるのは理にかなっていて、脳が心地よい状態になるようなんですね。

健康的な範疇ですが、これって捉え方によっては「小さな依存」なのかなとも思います。乱用しているわけではなく小さな習慣なので、依存と定義していいかはわかりませんが、「依存的な」役割は果たしていると思います。

そしてこうした「小さな心のセーフティーネット」はいくつ日常に紛れているのでしょう?自分では依存している意識がなくとも、セーフティーネット的な役割となっているものは案外多いのではないでしょうか。

以前読んだ本(タイトルは忘れてしまいましたが…)で「人は完全に依存状態から抜け出せることはない」というものがありました。これは言い換えると「人は完全な孤独状態になれない」というニュアンスに近いと思います。

誰とも接していなくても、「一人でいる時間」に依存していたり、「仕事」に依存していたりと常になにかに心を委ねている。そう考えると完全な非・依存状態、完全な孤独を維持することは難しいのかもしれません。私たちは思っている以上に自分だけと向き合い続けるのが苦手なのかもしれませんね。

哲学者ショーペンハウアーの

「社交を求めるのも、異郷に赴いたり旅に出たりするのも、内面の空虚と倦怠とに駆られるためである」

という言葉があります。自分だけと向き合い続けるのは、虚しさを生んだり、退屈さを感じてしまうのでしょう。そう思うと真に一人でいること、真に自分と向き合うことというのはどういうことをいうのかを、一人で、考え込んでしまいます。


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原田まりる

作家・哲学ナビゲーター■第五回京都本大賞受賞『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』(ダイヤモンド社) 11/12コミカライズ一巻発売!■連載:「ダ・ヴィンチ」にてAIを描いたSF小説「ぴぷる」発売中■NHK「人間ってナンだ?超AI入門」レギュラー出演中
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