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きみと8月のすべて ⑦

「ここやでー!ここ!ここ!ビールただやねん!」
『え?ここ?』
「・・・あれ? ここやってんけどな、、、」
昨日までこんな感じの頭の悪そうな男女が店前に多くいた。
今日ゆきが遅番で出勤すると、チャラついた安っぽい装飾品は外されていて
名残もない。

店前ではひかるが呼び込みしてくれていた。
『いらっしゃいませー!!生ビール800円ですー』
「え、おねぇーさん、アロハのチャラいお兄さん今日はいないんですか?」
『あー!なんか、帰っちゃたみたいです!』
波の音とセミの声で男女の声は聞こえなくなった。

*********
セミの声がより大きく聞こえる午後、小料理屋なかむらのカウンターで配達してきた涼太と真由美がまた世間話をしていた。
「今日も暑いわねー」
『そうっすね!気持ちいいっすね!』
この前来た時、涼太は無理に笑っているようにみえたがいつも通りになっていて真由美は安心した。
「ふふふ。そうね。涼太くん、なんか飲む?」
『いや、いいすよ~。あー、、じゃあ やっぱりコーラいただけますか?』
                  
〔〔少し休憩も必要やで〕〕
グラスにコーラを用意してくれる真由美
〔ありがとうございます〕
この気温にやられ一気に飲み干してしまう
〔〔飲んじゃったね〕〕
〔え〕 
〔〔それ、お酒入ってんで。もう今日は運転できひんね〕〕
〔ま、まゆみさ、、ん〕
                   
「今日は少しゆっくりできんねんね」
と店の奥から真由美の声が聞こえて涼太は我に返る。      
『え⁉あ。はい』
真由美グラスに入ったコーラをカウンターに置く
「この前はすぐ帰っちゃったから」
『あーあはは。』
ちょうど太一が居なくなった朝の事だ。
「涼太君が元気じゃないと私も元気なくなるみたい」
『え。』
あの朝は何も考えられなかった。がむしゃらに働く事だけ気負っていたが、目まぐるしい一日になったっけ。
「あ!そうや!」
そう言って真由美は涼太に背を向け冷蔵庫を開け、牛乳寒天をコーラの隣に置く
「これ、いまデザートで出してんねん。 美味しいから食べよ」
『わーーーー!ええんですか!? ありがとうございます!!』
固めの牛乳寒天を頬張る
「あはは! よかった。」
真由美も味見しよーとか言って食べていた。癒される。
『そろそろ行きますね ご馳走様でした!
        あ、そや!真由美さん、今年も愛宕祭り出します?』 
「ええ。母も楽しみにしてるし考えてんねんけど、店前にテーブル出すくらいかな。。。」

*********
翌日、今日はなかむらは休みにすることにしていた。
真由美は病院に来ていた。
「ええ。そうですか。よろしくお願いします。」
一人で会議室のような部屋で医師から話を聞き、優しい目つきの医師に一礼し、部屋を後にした。
    
入院病棟の病室に真由美が入ってくる。
「どう? ママ」
『まゆみちゃんありがとう。夏祭り楽しみやね。』
「うん。今年もたくさんの人に来てほしいねえ」
『お店もいいけど真由美ちゃんも早く結婚しないとね。』
真由美は顔色をあまり変えず、ベッドのしたで左手くする指の指輪を触る
「そうやね。ママ、リンゴ食べる?」
『あら!美味しそうやね ♪あーかーいーリンゴに唇よせてー♪』
母親の様子は良くなっているとは言えない。
病気に直接因果している訳ではないらしいが、数年前の記憶が抜けてるようなことをたまに発言する。
長年なかむらを一人で守ってきた母親の意思を受け継ぎ、
ただただ看病するだけの帰省ではなく、なかむらを開けることにした。

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軽トラで配送先から戻る涼太。 
視界の端に病院から出てくる真由美の姿がみえた。
『?』
母親の着替えなど入院のための大きな荷物を自転車に乗せていた。
重そうだ。

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自転車の真由美が数分でなかむらに着くという頃、雷が響きだし、
まもなく大雨が降りだした。
土砂降りに降られやっと裏口に到着するとすぐに荷物を下ろす。
どうせ洗うにしてもここまで降られると心が折れる、、
雨に濡れて重くなった荷物を持ち上げる手が軽くなった。
驚いて見上げた右側に荷物を抱える涼太の姿があった。なんで・・・
『鍵、はよ』
なにしてるのかという前にそういわれ慌てて鍵を開ける。

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涼太君にタオルを貸してなかむらのカウンターに座らせた
自分はあまりにもぐっしょりだったので取り急ぎ着替えて頭にはタオルをかけて涼太のもとに戻ってた。
暖かいお茶でも用意しよう。
「ありがとう 涼太くんもびしょビしょになってもうたね」
『いや。ぼくは全然大丈夫です』
「風邪引いてまうかも。 やっぱりシャワー入っていったら?」
『あぁ、、いやいや! だ、大丈夫です!すぐ帰ります』
涼太君は乾ききらない髪の毛をもう一度タオルでぐしゃっと撫でて立ち上がる。
昨日までの大きくなった彼と小さい時一緒に遊んでいた頃の表情が垣間見えた気がした。
「あ。」
『え。』
「何で家きたん?なんか忘れ物とか?」
『あー。実は、さっき病院から出てくるの見ちゃって、
                 雨降ってきたの気になって。』
ママのことはまだ常連たちにも体調不良で通し続けていた。
自分がまだ受け入れられなかったからだった。隠しごとが見つかってしまったような気持でいると涼太君の優しい声がして
「すいません。。あの荷物、、悦子さん?」
そう言われてなぜか、背負っていた重い何かが軽くなる気がした。

『見ちゃったのか! 隠し続けられる訳ないよね。ママが入院したの。
     それでこの夏はお店守ることにした。この町は夏が本番やもん』
「前に具合悪いってゆうててそのあと全然見かけへんかったから
 ほんまは心配してました。ぼくら、悦子さんにもお世話になってたんで」
涼太君は病名や症状などを聞いてはこなかった。
ただ心配しているとだけ言ってくれてタオルの御礼を言って店を後にした。

外はさっきの雨が嘘のように晴れている。      
「もし、お見舞いに行ってもいいなら今度行かせてください!
              24時間いつでも受け付けてますんで!」
涼太は振り返ってさわやかにそう言い残し、帰っていった。
誰にも言えなかった。
口にしてしまうのが怖かった。でも、知ってもらえて安心した。
涼太君にもこの経験がある。

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海は日暮れで辺り一帯眩しいオレンジ色に包まれる。
涼太は帰りに浜辺に寄り道し歩いていると花火のゴミを見つけ、
ついつい拾ってしまう。
涼太はそういう男だった。
近くにごみ箱はなく『しゃあないな。』とつぶやいてそのまま持って帰る。

海が太陽の帰りを待って、受け入れて波はオレンジと白が交互に輝いている。
さっきの雨の匂いがまだ少し残っていた。  

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