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きみと8月のすべて ⑤

涼太が疲れて帰宅するとリビングで太一が一人一杯ひっかけていた。
太一がグラスを用意し、涼太に注ごうととしているその小瓶には、
紫の朝顔の書かれていた
『え。この酒』
「倉庫にあったやつや!はじかれて置かれてたけどなかなかうまいぞ?」
    
『もう、、やめてくれや。』
涼太の顔は色を持たず、至って冷静な、低く落ちついた声だった。
太一は見たことの無い涼太の様子に手を止めて涼太をみた。

『もうやめてくれや!ここは遊び場ちゃうねん
お酒は飲み放題とちゃうし、バイトの子達のみんなの生活を背負ってんねん
  自分とこのお酒大切にしな油断したらすぐに食われへんようになんねん
              責任感ないまま 入って来んといてほしい』「そ・・・・」
『ごめん。寝るわ。』
太一の声を聞きたくなかった。
冷静なつもりだった。自分を覆う白くもやもやした纏わりが苦しかった。
何も考えずにシャワーを浴びて自室に向かった。


翌朝、寝不足の涼太はリビングに向かう。体が、心が重かった。
兄貴は怒ってるだろう。
思えばずっと兄貴の機嫌を損ねない様に伺いを立てながら育った。
幼少期のカワイイ喧嘩以来、自分の感情を兄貴にぶつけたのは昨日が初めてだったと思う。

リビングはきれいに片付いていた。

涼太は机の前で立ち尽くし、一呼吸した。

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海の家は相変わらずチャラついた内装で営業している。
朝一、誰よりも早く涼太は今日の分の酒を運び入れ汗を流していた。
着替えを終えた智那が店に顔を出す。 
『お!智那!おはようさん!』
智那は普段この時間にいる事のない涼太に驚いた
「びっくりした。おはよう」
ゆきやひかるのスタッフの面々も続々と顔を出した
「おはようございます」
「おはようございます!」
ひかるは昨日までと違い、涼太の目を見れずに挨拶をした
『おう!おはよう!今日も一日元気に楽しく働こうな!』
涼太はスタッフに挨拶を返した。ひかるの顔も見れるようになっていた。
『智那、今日は営業回るから 後よろしくな!』
涼太は海の家の仕入れ作業を終えていて、店を後にした。

走り去っていく涼太の背中に太陽の光が当たり、眩しい。
「よし!じゃあ朝礼やろっか!」
智那の声が響いた。

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小料理屋なかむらで起き抜けの真由美がゆっくりと朝の支度をしていると涼太が現れた。
『こんにちは!』
真由美は少し慌てて応じた。
「あら。涼太くん 今日は早いね」
『え?』
涼太の腕時計はまだお昼になっていなかった。
『ほんまや。時間全然見てへんかった。すんません。出直しましょか?』
「ううん。大丈夫よ。」
『すんません。』 
寝起きで大丈夫かと真由美は少し恥ずかしさもあったがハキハキした涼太が可笑しくて、かわいかった。
すぐに納品の数を確認する
「うん。おっけ。」
『ほな、ここに。』と言われサインを書く
『ありがとうございます!!今日も一日がんばりましょう! 
         また今日の分の注文は電話入れといてください!』
「なんか今日、忙しそうやね」
『え?そうっすか? 夏やからかな!いっぱい動かんとね!』
今日は日差しがきつい。去っていく涼太のTシャツがやけに光って眩しかった。

真由美は店の冷蔵庫あけて、昨日の晩作った寒天を見た。 
「差し入れしよう おもってたのに。」

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ランチタイムのピークを過ぎても海は太陽の光を受けてキラキラと揺れて いる。ビーチバレーをしている水着女子たちの高い笑い声が聞こえてくる。

「あっつい・・・」
夏目商店の海の家では智那が注文口に立っていた。
今日は、あんなにはしゃいでいた太一兄は来てない。
気まぐれな太一兄らしい。
アロハシャツが見えないだけでこんなに暑苦しさが違うのか。と思う。
『お疲れ様でした。すいません、お先に失礼します!』
笑顔のひかるがさわやかに店を抜けていった。
「あー!おつかれさま!気をつけて帰ってね!」
今日は学業もあり、ひかるは早上がり。  
朝はひかるの顔色が気になったが、もう戻っている様で安心した。
彼女は何かと顔に出やすい。
と後姿を目で追っていると、ゆきが注文口に近寄ってきた。
『智那、聞いた?』
「何?」
『ひかるちゃん、告ったんやて』
「え!知らんかった! んー。なるほどねー。」
『でも、返事は曖昧だったらしいで。
          涼太くんて、昔っからイエスもノーも曖昧よね』
「あー。さすが幼馴染やな!!
    よくご存知で!ま、そのせいでこの店こうなっちゃてるからね。」
『妹はきびしいねー!』
2人でしか話せないブラックジョークだ。
ゆきは笑って持ち場に戻っていった。

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『ただいまー』
通常営業以上に働いて、疲れて涼太が帰宅すると玄関に智那の靴があった
『今日は帰ってきたんか』
智那はリビングのテーブルに黙って座っている。
「おかえり」
少しの沈黙があったが、落ち着いた声で、智那の感情は読み取れなかった。
『なんやー?快君と喧嘩でもしたんか!』 
涼太は声のトーンを高くし、気にしない様に接し、部屋着に着替え始める。

「太一君は?」

涼太は一瞬、目を泳がせたが、
『どっか、出かけてるんちゃう?』と続けた。
「そ。 ・・・・・ ほな、昨日までの売り上げは?」
そう言われて涼太の手がとまる。

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今朝、リビングで立ちすくす涼太の前には
昨日の夜、金庫から出した売り上げ袋が空になって置いてあった。


 

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