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きみと8月のすべて ③

小料理屋なかむらで真由美は夕方の営業向けて仕込み作業をしていた。
真由美は大学卒業後、幼いころからずっと手伝っていた家業を継がずに就職し、そこで出会った1つ年上の同期と交際を経て結婚した。
2年ほど前から夫婦そろって福岡支社に移動となり、なかむらに戻るのは年末年始など一年に一度ほどになっていた。
”もしもし?どうしたの?
 なんだ こんな時間にかけてくるから なにかあったんかと思った。
 ううん。大丈夫やで。今仕込み中”
旦那からの電話に作業の手を止め、冷凍庫からアイスを取り出し、客席で休憩をすることにした。       
”元気してるよ、ありがとう。
 うん。いよいよ夏本番て感じやからねぇ。町も盛り上がってる。
 うん。うん。そっか。。こられへんか。いや、しゃあないよ 全然。気にせんで。
あ、お母さん? うん。今のところ変わりないよ。わかった。伝えておく。ありがとう。”

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8月に入りいよいよ夏本番。
太陽はジリジリと海に迫ってくる。
海には多くの人が出てきており、涼太の海の家も賑わいを見せている。
涼太、智那、ゆき、ひかるも汗だくになって接客をしていた。
「大盛況ですねーーー!みなさん!」
赤のアロハシャツに色の薄いサングラスの男が立っていた。

見覚えのあるその姿に涼太は手を止めた。
男に背を向けて動いていた智那も、その声で姿を見なくても誰なのかわかった。
「このいっそがしい時に」

何も知らずに接客を続けるひかるに近づくアロハ。
キッチンからゆきが覗いた
「太一く・・・ん?」
『よぅ。』
アロハはサングラスを少しずらし、左の口角をあげた。

太陽が真上に上がり、昼時の騒がしさが少しだけ落ち着いた頃
一番奥の座敷に涼太と太一が座った。

客足は止まらずひかるとゆきはカウンターで注文とドリンクを対応している
「お兄さん、、ですか」
『そう。智那の7個上だったかな。東京でミュージシャンやってるって聞いてたけど。』
「ミュージシャンですか!」
この忙しいさなか、手放しに喜べない客の登場に智那は苛立ちを感じる。
「唐揚げってまだ?」   
太一兄はいっつもそうだ。
『あ、ごめんなさい』
ひかるがキッチンからあがってきた唐揚げを用意してくれた。
「なんで このくっそ忙しいタイミングで帰ってきたんやろ。
                     相変わらず空気よまへん。」
長男なのに家業の事は全く考えず進学をきっかけに上京したくせに誰にも言わずに大学を中退していた。
ましてやその間にも仕送りをもらい続けていたっていうし。
私は何も知らなかった。自分の兄であるという事に腹が立つ。

「ありがとう」
こんな風に苛立ちを隠せなくなってしまう自分にも腹が立つ。
『ゆきさん、あの二人仲悪いんですか?』
「いや、そんなイメージないけどなぁ。兄弟ってそんなもんなんちゃう?」

「そうかそうかみんな元気そうやな! な、涼太、おれも店手伝うよ」
『手伝うって・・・人手増やせるほど儲かってへんし』
「だから手伝うんやって!この海の家もいい音楽かけてやんねん
                   俺がプロデュースしたるわ」
『プロデュースって、、、兄貴、帰ってくんの?』
「そや! こころ強いやろ!また兄弟3人仲良く暮らそうや」
『3人でって・・・。』
「ええやん!! たのしいなるで 智那!智那!」
”なに?”
「この店おれがプロデュースすることになったから」
”なにそれ”
また勝手な事言ってるわ。涼太はこういう時なんも言わへん!
”ちょ、まじ?”

智那は顔に出てないと思ってるやろうけど、僕にはもうめちゃめちゃに怒ってるのがわかる。
もう、後ろからどす黒いオーラさえ見えそう。見えへんけど。
智那は年齢が離れてるのもあって昔は太一に懐いてたけど数年前から太一を毛嫌いしてる。
僕かて今日の太一には”なにゆうてんねん”って思ってる。思ってるけど
太一にはどうしたってリズム狂わされる。
智那の顏見られへんな・・・

*********
翌々朝、ゆきが出勤すると海の家の様子は昨日までと一変していた。
一夜で何をしたのか、看板、テラス席の手すりなどカラフルできらびやかな
装いになっていた。
音楽もさわやかとは言えないクラブミュージックが流れていて
隣近所の海の家と比べてもかなり浮いた印象を受ける。
〔チ、チャラい・・・〕

開店時間には太一さんは張り切っていて、一昨日見たのとはまた色違いのオレンジのアロハシャツで店前に立つ。
「いらっしゃい~ おー!お姉ちゃん かわいいやん ビールあげちゃう!」
「金使ってくれる男つれてもどってきてや~!大繁盛やな!」
そう満足そうに無料でビールを配る太一さん、それに群がるギャルたち。
確かに店前には人が増えてるけど、
そのほとんどは品の良くないギャルとそんなギャルにつられて来たノリの軽そうな、眼付きの良くない男たち。

注文口で智那に聞かずにいられなかった。
「智那、これ採算とれてんの?」
『とれてるわけないわな。
今は話題づくりでこれから人が帰ってくるって考えてるらしいけどなぁ。』
どうして急に店のコンセプトを変えたのか、太一さんの考えで行けるのかと
自分の意見を言ってしまおうかと思った時涼太君が出勤してきた。
「どうや!智那!」
涼太君はどう思っているのだろう。
さぞかし店が心配だろうと思っていたが涼太は思ったよりもテンション高くてびっくりした。
客層だけでなく売り上げも不安に感じているのは私と智那だけなのか。
ひかるもハキハキと働いている。
智那は私に目配せして涼太君の方に寄っていった。

「お兄ぃ。ねぇ。ええの?これで。盛り上がってるって思う?
               今のところ売り上げまったくやで?」
『そんな顏せんでよ~。 せっかく兄貴帰ってきたんやし』
「お兄ぃお人良しすぎやって。
             正直、今のここは私の好きな店とちゃう。」


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