クイーン・クォン インタビュー

 まだ日本ではほとんど知られていないと思うが、クイーン・クォンというアーティストを紹介したい。彼女は本名をCarré Kwong Callawayといって、2005年頃にナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーによって見出され、アルバム『ウィズ・ティース』リリース時のツアーでサポート・アクトにも大抜擢されている。以降は、なかなか思うように音楽活動を押し進められない状況が続いていたが、2015年にはジョー・カルダモン(イカルス・ライン)の協力を得てファースト・アルバム『Get A Witness』を発表し、少しずつ認知を広めてきた。そして、2018年4月にはセカンド・アルバム『Love Me To Death』をリリース。ちょうどそのタイミングで、夫であるウェス・ボーランドに帯同して来日していたところを捕まえてインタビューする機会を得た。とてもキッパリした性格が好印象で、いろんな男性が一目惚れした気持ちも十分にわかる一方、キャリアを軌道にうまく乗せてこられなかった理由についてもわかった気がする。でも、まだまだこれからだと思うので、ファンになったからには、応援していきたいと思います。

通訳・翻訳:竹澤彩子 / 写真:Tamar Levine


トレント・レズナーから学んだのは、「バンドは民主主義でやるもんじゃない」ってこと

---実は、一昨年の秋にもプライベートで日本に来ていたんですよね。

「そう、2016年の11月に新婚旅行で。そのときが初めての日本だった」

---新婚旅行先に日本を選んだ理由は?

「昔からいちばん行きたい国だったのに、今まで1度も来たことがなかったから……新婚旅行って特別だし、日本に行きましょうって(笑)。東京に1週間いて、そのあと京都/奈良に1週間滞在してたんだけど、今まで生きてた中でも最高の時間だった!」

---それはよかったです。日本のどういうところを気に入ってもらえたのでしょうか?

「不思議なんだけど、子供の頃から好きなものって、どれもこれも日本のものだったの。だから私にとって、日本はおとぎの国みたい……日本食も大好きだし! 今は特別な食事療法をしてるから、たくさんは食べられないんだけどね。あと、日本は可愛いものだらけで、バスのマスコット・キャラクターとかですら超可愛いし(笑)。もともと昔から日本文化に惹かれてて……私は中国人とのハーフなんだけど、中国系のハーフじゃなくて日系のハーフだったらよかったのにって秘かに思ってたくらい。これは中国人の祖母にはナイショ(笑)。そんなわけで日本をハネムーンの場所に選んだんだけど、もう初めて来た時は大興奮して(笑)、しかも期待以上で感動しまくっちゃった。本当に日本が大好きなの」

---こちらも嬉しいです。さて、ニュー・アルバム『Love Me To Death』が完成しましたね。ヘヴィでダークで荒々しい感じの前作『Get A Witness』とは、かなりサウンドの変化が感じられたのですが。

「変化に気づいてもらって嬉しい! 私にとって最初のフル・アルバムを作った時期は、もう何年もアーティスト活動を続けて、ようやくアルバムを作る機会に恵まれたのに、プライベートはボロボロで、これ以上失うものは何も無いような状態だった。それで、プロデューサーのジョー・カルダモンと一緒に場末のスタジオに入ったものの、そのときまでに書いた曲はどれも気に入らず……どうしたらいいのかわからない、でも今この機会を絶対に逃しちゃいけないっていう気持ちばかりが強くあって……だって、あのアルバムを作るまで何年待たされたと思う?(笑)。そしたらジョーに《とりあえずレコーディングしよう。曲も準備しなくていいから、とりあえず白紙の状態のままスタジオに入って、そこから何が出てくるのか試してみようか》って言われて、それで1週間で8曲録ったの。どの曲も1テイクか2テイクで録られたもので、事前に書いた曲も一切なし。だから、あのアルバムに入ってる音は、本当にスタジオで鳴らされてた音そのまま。ジョーがドラムを叩いてくれてるんだけど、彼はドラムに関しては素人だから、正直ひどいものだったし(笑)。《俺が叩くから、君はベース》と言われて、私がベースを弾くことになったんだけど、私は私でベースに関してはまるで素人で(笑)。ただ、それまでベースで曲を書いたことはなかったから、それがかえってよかったのか、メロディを考えるうえで新たな思考回路が開けた感覚があった。よくトレント(・レズナー)から『曲はギターじゃなくてピアノで書くように』って言われてたんだけど、それまでずっと曲を書くのはギターに頼ってたし、そのアドバイスはいまいちピンと来てなかったの。彼が言うには、ギターだとどうしても特定の流れに自分のヴォーカルやメロディが引きずられてしまうから、メロディの質を上げるために、ギターの代わりにピアノで曲を書くようにってことだった。ファーストのレコーディングでは、それをピアノじゃなくてベースでやることになったってわけ。自分はベースが弾けなかったから、簡単なところから1フレーズずつ弾いていって、そこからメロディを構築していく作業をしなくちゃならなくて。おかげで、今までの自分には無かったような、まったく新しいメロディが自然に出てくるのが感じられた」

---なるほど。

「そうして、ジョーがドラム、私がベースっていう形で、2人でほぼ一発録り。それに即興でギターを乗せたら、おしまい。次にマイクを渡されて、そこまで録音した音に合わせて歌うように言われたんだけど、もちろん歌詞なんて用意してないし、ワン・テイクで鼻歌みたいにして、ただ思いつくまま言葉を羅列したり、自分の中から出てくるメロディをどんなものでも受け入れるようにしてやってみるしかなかった。そうやってヴォーカルを録ったあと、大まかなメロディと歌詞のアイディアが浮かんできて……歌詞って言っても、無意識から出てきた寝言みたいな言葉なんだけど、あちこちに印象的なフレーズやキーワードが入ってたから、それを聴き返しながら歌詞を作っていったの。そういう感じでレコーディングしたアルバムだったから、何も考えてなかったし、計画もしてなかったし、編集も一切してない。そのせいで、普通の曲みたいに、前フリがあってサビがあって、っていうふうにキレイな形にはなっていなくて、むしろ原型そのまんまっていうか、ただ純粋に衝動だけで突っ走ったようなもの、それで完成ってことにしたの(笑)。ファーストとしては、それで十分と思えたから。そのときの自分にできる100%で、一切手を加えてないありのままの姿を最初にはっきり打ち出せたから、それで嫌いって言われたら、どうしようもないし。かなり極端なやり方ではあったけど、それくらい必死だったの」

---そんな状況だったんですか。

「それが今回のセカンドに関しては、ファーストで少し注目されたこともあって、まわりから次はもっと期待してるよ、なんて言われたり……ただ、本来なら注目されてるうちに間を置かず次作を出すのが正解なんでしょうけど、私にはどうしてもそれができなかった。やっぱり時間をかけて、じっくり作品に取り組みたかったから。それで1年くらい休みをとって、スタジオでファーストのときと同じプロセスでやってみた……要するに、ベースとドラムの即興っていう形ね。ただし今回は、それをそのまま発表せずに、作りっぱなしで半年ぐらい寝かせておいたの(笑)。デモができたから早速レコーディングしましょうって感じにはせず、一応デモも出来たし1曲ずつゆっくりやっていきましょうって、時間をかけながら曲を練っていった。きちんとドラムを叩けるドラマーを呼んで(笑)、私とジョーもドラムをプログラミングしたり。編集もして……そう、今回はちゃんと編集したの(笑)。ギターも色んなテイクを試したし、プロダクションに力を入れた。ヴォーカルやハーモニーも意識して、今までやったことのない作り方をしてる。今回のほうがより練って作っていて……まあ、前回は何も考えないで作ったんだから当然ね(笑)。歌詞に関しても、スタジオで思いつくまま言葉を並べて……今回も自然に言葉が出てきたんだけど、それをきちんとした作品の形にするには、それなりの時間をかけた。だからサウンドも洗練されてるし、ちゃんとしたドラマーが叩いていて、ベースは今回も私が弾いたけど、前回よりもしっかりしてるし、まあ、とにかく時間をかけて、苦労してるのよ(笑)」

---即興を基にしているところは変わらないんですね。

「そうね。即興で曲を書く人はいても、即興でレコーディングする人はそんなにいないと思うけど(笑)、私は作曲プロセスだけじゃなくて、レコーディングも即興をベースにしてる。ファーストのときは、即興でレコーディングして、それをほぼそのままリリースしたのが、今回は即興で録った後、半年ほど音源を寝かせたうえで、そこに色々と付け足したり、新たなアイディアを吹き込んだりしたわけ。ただアイディアをポーンと投げ出すんじゃなくて、最初に思いついたアイディアを最後までじっくり練った結果、辿り着いたのが今回のアルバム。そこが前回との大きな違いね」

---今作の歌詞については、どういう風に形にしていったんですか?

「もともと詩を書くことから曲作りを始めたから、歌詞は大事にしてるんだけど、ここ何年か少し変化してきて。もともとは先にあった言葉に伴う形で音楽を作ってたのが、今はギターを弾きながら歌詞と曲を同時に作っている感じね。ただ、前作と今作では即興っていう方法に挑戦して、歌詞も即興で書いたから、自分の内側から衝動的に湧き起こってくる、要するにフリー・スタイル形式で、あまり脳味噌を働かせる余地はなかった。前作の歌詞は、自分でもどう解釈したらわからないフレーズがたびたび出てきて、すごくランダムに言葉が並んでる……"I’m a fox"とか、自分でもどういう意味で言ってるんだろう?って(笑)。でも、そのときの自分の感情をそのまんま表した言葉なのは事実よ。今回のアルバムの歌詞は、即興から始まってるところは同じだけど、あるフレーズが何度も登場してきて、それを自分の中で繰り返しているうちに、《そうか、そういうことだったのか》って腑に落ちたりもした。完全に白紙の状態の自分から出てきた言葉で……そこには何の思惑も策略もない、だからこそ重要なの。自分の中にある何かが、こういう言葉を発しなきゃって直感で判断した結果、絞り出した言葉なわけ。それが何週間か何ヶ月か、あるいは何年後かになるかもしれないけど、自分の人生と照らし合わせて振り返ったとき、あの言葉は実はこういう意味だったんだなって気づいたりとかする。自分が実際に経験したことだし、ものすごくパーソナルな内容で、一切フィルターなしの感情が歌われてるから、歌詞は今でも自分にとって一番重要ね。他の人の曲を聴く場合でも、まず歌詞が気になっちゃう」

---では、最新作の歌詞が持つ意味は、まだ自分自身でもよく見えてない感じなんでしょうか。

「本当に深いところでは、全部わかってる気がする。自分の人生で何が起きているのか経験から知っているわけだし……それに自分が歌ってて、どういう気持ちかもわかるから。ディテールに関して自分でもわからないというだけで、その言葉が自分の気持ちを表現してるってことはよくわかってる。だから、何ヶ月か経って、1つ1つの言葉が具体的に何を指してるか見えてくる感じかな。それから、自分が感じたこと以外は書けないっていう、そこがまた難しいところでもあって……だから2枚目を作るまで、これだけの時間がかかっちゃった。本当はそんなこと感じてないのに、そうであるかのようなフリとかはできないから、アルバムを作るにも、こういうメッセージを伝えたいとか、ラヴ・ソングを歌いたいとか、何でもいいから強く想ってることしか書けないの。前の週にラヴ・ソングを作っても、次の週の歌入れのときにその気にならなかったら歌えないし。ともかく、特定のフレーズや曲に関しては、ずっと後になるまで具体的な意味がわからなかったりもするんだろうけど、このアルバムの中で歌われている感情を私はたしかに知っている」

---では、そんなアルバムのタイトルを「死ぬまで愛して」にした理由は?

「最初は、曲のタイトルから"On the mend"ってタイトルにしようと思ってたの。"On the mend"って《癒される》みたいな意味なんだけど、それを今回のアルバム・タイトルにするつもりだってジョーに話したら、《あんた全然癒されてないし、相変わらず混乱してぐっちゃぐちゃの状態だよ、どこが癒されてるって言うんだ!》みたいに言われちゃった(笑)。自分でも《あー、たしかに》って(笑)。『Love Me To Death』ってタイトルは……前作の"Medicated"って曲の一節に出てくる言葉で……あの曲自体、すごくツラくて、自分でも聴いていられないくらいなんだけど、その中に《Sometimes I wanna die, so you have to love me forever》っていうフレーズがあって……未だに強く自分の中に響いてくるし、今回のアルバムの感情ともシンクロしてる。前回のアルバムの感情が今回のアルバムにも引き継がれているの。ああ、自分は今もこの感情を引きずったままなんだと思って、それで『死ぬまで愛して』って、ここでもまたはっきり言っちゃってる。もともとは、自分は癒されてるって言うはずだったのに(笑)」

---わかりました。では、プロフィール的な話を訊かせてもらえますか。生まれはアメリカなんですよね?

「そう。母は中国出身なんだけど、私が生まれたのはコロラドで、東海岸の高校に行き、17歳のときLAに移住して11年暮らした。次にデトロイトへ移住して、今はデトロイトとニューヨークを行ったり来たりの生活だから、本当にあっちこっち転々としてる感じね」

---子供の頃は、お父さんが経営するホテルに暮らしていたそうですね。それがコロラド時代?

「そうね。デンバーに住んでた頃よ」

---どういう音楽環境に育ったんでしょう?

「父親の経営してたホテルで育ってるんだけど、父はゴスやインダストリアル系のライヴ・ハウスも経営してたから、そこに入り浸ってた。スキニー・パピーやエコー&ザ・バニーメンも演奏しに来てたかな。でも、子供の頃はジャームズとかイギー・ポップ&ストゥージズとかパンク系の音楽に夢中だったんで、当時は何とも思わなくて(笑)。その後もうちょっと大人になってから、PJハーヴェイやリズ・フェアを好きになって、高校時代いちばん好きだったバンドはペイヴメント(笑)。あとは80年代のインディー系で、マイ・ブラディ・ヴァレンタインとか。ストゥージズは70年代のバンドだけど、ずっとイギーの活動は追い続けてきたし、ニック・ケイヴも好きだった。そこからバースデイ・パーティとかスワンズとか、より実験的な音楽も辿って。だから、大まかなリスナー遍歴で言うと、パンクから始まり、インディー・ロックを経て、エクスペリメンタル音楽に至るって感じね」

---パンクを好きになる前に普通のポップ・ミュージックとかは聴いてなかったんですか?

「ぜんぜん。そもそも周りがそういう環境じゃなかったというか……子供の頃、どんなアイドルが流行ってたのか思い出してみると……イン・シンク、バックストリート・ボーイズ、ブトリニー・スピアーズあたりかなあ……でも、もともとライヴ・ハウスで育ったせいで、まわりの大人は当然インダストリアル系を中心に聴いてたし、学校の先生とも仲良くてオススメを紹介してもらってたんだけど、ちょうどその世代だと90年代のロックが中心になるでしょ(笑)。私にとってポップ・アイコンに近い存在がいるとしたらPJハーヴェイね。当時アメリカ人のティーンで彼女のファンなんて珍しいから、かなり変わってたけど(笑)」

---では、自分自身も音楽をやろうと思うようになったきっかけは?

「もともとは詩を書くところから始まってる。子供の頃ずっと詩を書いていて、たしか9歳くらいの頃かなあ……自分で書いた詩を曲にしてみたらどうだろう?って思いついて、それで自分の作った詩に合わせて作曲するようになったの。そしたら音楽の先生がギターで伴奏をつけてくれて……今考えると、ちょっと怪しい男の先生だったな(笑)。9歳だから、全然そういうことわかんないじゃない(笑)。それで13歳のとき人からギターを譲り受けて、独学で覚えていった。その後14〜15歳でいよいよ本格的にギターにのめり込むようになって……ただ、最初ギターは自分の中で、あくまでも自分の詩に曲を添えるものっていう位置づけだったのね。それが発展して、今みたいな表現をするようになったの。だから、自分にとって最も大事だったのは詩の部分で、それは今でも変らない」

---プロのミュージシャンになるんだ、っていう自覚はいつぐらいから?

「ずっと自覚してなかったんだけど、こうやってインタビューを受けて《音楽を始めたきっかけになったアーティストは?》って訊かれるようになって、《そうか、普通はみんな誰かに憧れてミュージシャンになるのか》って(笑)。私にとってミュージシャンを目指すのはごく自然なことだったというか……誰かに憧れて自分もああいうふうになりたいって思ったっていうより、自分の中に抱えきれない想いがあって、その想いをどうにかして外に表現しなくちゃってことで色々やってくうちに、いつのまにかミュージシャンになっていたの。それが自分にとって当然のことのように思えたから。もちろん、ミュージシャンになると決めてから、先達のアーティストに影響を受けたってことはある。イギー・ポップの昔のビデオを見返したり、PJハーヴェイのアルバムを聴いたりして、そこから影響されたのは間違いないし。そういう人達の姿を見て、これなんだ! これが自分の目指すべき方向なんだ!って確信したのは事実よ。でも、最初にミュージシャンになろうと思ったきっかけは、自分の想いを伝えたいっていう気持ちがどんど大きくなっていって、それが自然と音楽に向かわせていったという感じ」

---そして、17歳のときにニューオーリンズでトレント・レズナーに会ったことがミュージシャンとしての大きな転機となったそうですね。

「たしかにそれも大きな転機だけど、最初の転機はその何年か前に起きていて、プロのミュージシャンになるんだって決意した、高校2年の頃ね。当時はニュー・イングランドの厳しい全寮制高校に通ってて、まわりの同級生みんな真面目でスポーツにも熱心で、ラクロスとかスカッシュとか、よくわかんないけど、そんなのに夢中になってる感じで(笑)。自分は一切そういうのに興味がないって早い段階で気づいてからは、学校生活が退屈で仕方なくて、その反動で一気に音楽にのめり込んでいったの。そして進むべき道はやっぱり音楽だと気づいた、それが自分にとって最大のターニング・ポイントね。やりたいことがわかったから、飛び級して他の生徒より早く卒業する形で学校を出て、ミュージシャンを目指し始めた。そんな折に、たまたまニューオーリンズでトレント・レズナーに出会ったのよ。ちょうどミュージシャンになるためニューヨークへ向かう途中だったんだけど、偶然トレントと会って、LAで音楽を作ってみないか?って言われたのがLAに移住したきっかけ……それまでLAとか全然興味なかったんだけど(笑)」

---トレントとの初対面は、どんな感じだったんですか?

「友達と車でアメリカを横断してる途中、8月のニューオーリンズで、ものすごく暑い日、アイスクリーム屋台の前にいたら、たまたまアティカス・ロスがそこに来て、何がきっかけで話し始めたのかは忘れちゃったけど、《すぐそこのナッシング・スタジオで作業してるから見学に来ないか》って。それで行ってみたらトレントが、ちょうど『ウィズ・ティース』をレコーディングしてる最中だった。もちろん彼のことは知ってたけれど、その頃の私は、だから何?みたいな態度で(笑)。根っからのパンクだったから(笑)、誰だろうが知ったこっちゃないってね。もう、どれだけ生意気で図々しいんだと今は思うけど、その時はそれが逆にプラスに働いたのかも。そこで、私も音楽やってるんだって言ったら、《じゃあ、ちょっと何か弾いてみて》って……あ、そうだ、もうちょっと詳しいこと思い出した。トレントと会って、スタジオをいったん出たあと、自分も音楽やってるって教えておこうと気がついて、雑誌のページを破って《トレントへ、ちなみに私も音楽をやってるんだよ。連絡してくれたら曲を聴かせにいく》って、メッセージと電話番号を残したんだ。そしたらトレントから電話がかかってきて、スタジオを訊ねてみると、トレントとアティカスとアラン・モウルダーが、それじゃあ君の歌を聴かせてもらおうかって……そこで演奏したら、《いいね、今夜レコーディングしてみない?》って、いきなりよ(笑)。それから何日間かスタジオに居候させてもらって、何本かデモを作ったの。そして《これからどうするの? 僕らは今からLAへ行くんだ。もしよかったら君も来ないか?》と言われて、それで行き先をニューヨークからLAに変えたってわけ」

---トレントから学んだことは何ですか?

「バンドは民主主義でやるもんじゃないってこと」

---(爆笑)。

「自分のバンドでは、私がすべての決定権を握るんだってことね。他の人間が自分に何を望もうが、誰と一緒に演奏しようが、まったく関係ないっていう。私にはやりたいことがあるんだし、そのヴィジョンを100%実現するために行動していくのみで、そこに一切の妥協は許されない。メンバー全員が仲間だから対等にやろうぜ、みたいなノリでやってるバンドもいるでしょうけど、私のバンドは全員イコールでやられちゃ困る。あくまで私が主体であって、私が表現したいものを表現するための場なんだから。もちろん、自分からコラボレーションしたいと思う相手がいたらそうするけど、自分がそうしたいと思わない限りはしない。自分のことは自分で決めるし、最終的な決定はすべて自分でくだす。トレントからも、絶対に自分を曲げないとか、やると決めたらとことんやるとか、自分のやりたいことがちゃんとわかってるとか、いつも指摘されてきたし……そのうえで《それを他人の意見によって、決して惑わされたりブレさせないように》とも言われてた。バンドだから当然、何人かの人間が関わってくるわけだけど、バンドは民主主義の場じゃないんだからってね……彼自身がまさにそんな感じでしょう(笑)」

---(笑)まったくもって。

「あともう1つ心に深く留めてるのは、流行に振り回されるなってこと。流行りなんか追わず常に自分自身に正直であれ、流行の尺度で自分を評価するなって。もし長い時間をかけてアートやロックの歴史に残るような作品を作りたいなら……少なくとも自分自身が誇れる自分自身の表現を行なうためには、時流なんか気にしている場合じゃない。自分のキャリアで一番ネックになってるのは、たぶん、こういう考え方なんでしょうね(笑)。もう何年もの間、この信条のせいでどれだけ苦労してきたことか……音楽業界はタフな世界だし、どうしてもバンドやアーティストを枠に押し込めようとするじゃない。レコード会社はアーティストに出資する前に、最低限は最新のトレンドに見合うと確認したいから。ただ、私はもっと長期的な目で自分のキャリアを考えてるし、流行り廃りとは関係なく長く愛されるような作品を作りたいの。そのためには自分だけの唯一無二のサウンドを作り上げなくちゃいけない。こういう性格だから、資金やレーベルを探すのにも苦労するし、リスナーもトレンドを追いかけてるから、注目されることもなかなか難しかったりする。でも、これが私なんで、どうしようもないのよ(笑)。いつか報われることを信じて、このまま突っ走っていくしかない。あるいは、単なる頑固者で、自分を曲げるのが絶対にイヤなだけなのかもしれないけど(笑)」

---なるほど。ところで、トレントと会った頃って、あなたの現在の夫でもあるウェス・ボーランドをナイン・インチ・ネイルズのギタリストとして雇おうとしてた時期ですよね。

「そう、これがまた不思議な縁というか……私、リンプ・ビズキットには一切興味がなくて……というか、むしろ大嫌いで(笑)」

---そんなこと言っていいんですか(笑)。

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クイーン・クォン インタビュー

鈴木喜之

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鈴木喜之

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