見出し画像

8年目の3.11に寄せて

皆さんおはよっぴー、こんにちわぐー、こんばんわぐー。安心してください。今回は下書き消えてません。永野愛理さん推しだけど、この書き始め、便利。(この記事は去年の5月から2019年のこの日に書こうと思っていたのですが、あの時はまさかWUGが解散するとは思ってなかったなぁ。HOMEツアーやファイナルSSAを経ての感想もあります。)

2019年3月8日時点で、東日本大震災での死者は全国で1万5897人。行方不明者は2533人。あえて、約1万6千人とかじゃなく、正確な数が書きたかった。勝手に死者をなかったことにするのも、誰かを勝手に死んだことにするのも傲慢だから。そして何より「1人」の人間の大切さを知ったから。

仙台でも街中に住んでおり、比較的震災の被害が少なかった僕にとって、正直この数年間は復興など他人事だった。だって僕の目が届く範囲は元通りだし。何なら前より綺麗になってるし。自分を正当化するのは嫌だが、多くの人がそうだと思う。特に東北以外に住んでる人。だって実際に体験した僕がそうなんだから。

そんな僕がもう一回震災とか被災地とかに目を向けるようになったのは、冒頭で出たWUGのおかげだった。(この話については2018年の冬コミに出たフォーチュンおせんべいさん達のWUG本を読んでください。ここでは目を向けた、その先の話がしたいので。)

WUGはどん底から這い上がって、最高の最後を迎えた、そんな物語。原案の山本監督は、自身の東北三部作のひとつとしてWUGを制作した。なので、アニメや歌詞には直接的にも間接的にも震災を想起させる部分がある。そんなアニメでは、主人公の1人が過去に震災で失った幼馴染の死と向き合うシーンがある。創作だが、現実並みにリアリティのある死は、1人の人間が死ぬことの重みを感じさせる。そして、「頑張りたくても頑張れない人のために、何かを頑張る」の一言。

もうひとつ、これは僕の知り合いのワグナーがよくする話だが、7 Sensesは売り上げが2300枚。スキノスキルは2303枚。たった3枚だけど、この3枚なんだ、と。ライブ中のMCや、それ以外の発信の場面でも、「一人ひとり」を大切にする。これがWUGだった。

戻ろう。1人の人間には、親がいる。祖父母がいる。人によっては夫、妻、兄弟、友達、いろいろな人間と関わって生きている。物語がある。1人が欠けるとその全てに影響を及ぼす。人間1人死んでも社会はまわり続けるなんて言うけれど、それは見せかけで、見えないかもしれないけれど内部には絶対に変化がある。人の命は地球より重い。

家族や友人など、僕の身近な人は誰も震災で死ななかった。だから、2011年3月11日とそれに関連して亡くなった人の名前や顔、物語など僕には分からない。でも、今を生きている以上その1万5897人の想いを勝手に背負って生きていかなければならない。

HOMEツアー、リーダーは一貫して「生きろ!!」と言っていた。僕はここで生きる。あなた方が繋いでくれたものがあるから。

もう8年。前に石巻に行ったとき、正直まだまだなんだなって実感したけど、爪痕だけじゃなく希望がある。おいしい食べ物や、美しい景色など魅力もある。それはそれはとても小さな挑戦なのかもしれないけれど、僕はやる。だって永野愛理さんだって最後に「なる」って断言したから。