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観光リポート~「吹屋ふるさと村」日本遺産『ジャパンレッド』発祥の地~

2021/8/29(日)晴れ。

みなさん、こんにちは!

前回少しご紹介した、岡山県西部は高梁市にある「吹屋ふるさと村」。江戸末期から明治時代の面影を色濃く残す山間のこの小さなまちは、令和2年(2020年)に「『ジャパンレッド』発祥の地~弁柄(ベンガラ)と銅(あかがね)の町・備中吹屋~」として日本遺産の認定を受けました。

日本遺産(Japan Heritage)」とは、文化庁が認定した、日本の文化遺産保護制度の一つで、各地域の魅力あふれる有形・無形の文化財を国内外へ発信し、地域活性化を図ることを目的とした制度です。
2019年のラグビーW杯、2021年の東京オリンピックなどで、わたしたちの国の地域それぞれの文化や、”おもてなし”などの精神性は世界中の人々に改めて賞賛されましたね。本当にうれしいことです!
今はコロナ禍もあり、ともすればさまざまな面で難しいご時世ではありますが、有形無形を問わず、わたしたちが住むこの国の美点や伝統文化は、ぜひ次世代に引き継いでいきたいものです。

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弁柄(ベンガラ)」とは土から取れる成分(酸化鉄)で紅殻とも呼ばれ、はるか昔、ヨーロッパの旧石器時代から洞窟壁画などにも使われていた古代の赤色顔料のこと。”ジャパンレッド”とはこのことを指していたんですね。
今回はこの吹屋ふるさと村のホッとする魅力についてご紹介していきたいと思います。

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<訪問個所>
吹屋ふるさと村
 住所:   岡山県高梁市成羽町吹屋838-2
 TEL:     0866-29-2222 (成羽町観光協会吹屋支部)
    入場料:  無料
 駐車場:     あり

かつてこの吹屋のまちは、その良質なベンガラと銅のおかげで大変うるおっていました。さまざまな豪商が財にあかせて建てた豪邸は、全国各地に見ることはできますが、ここ吹屋の特異な点は、個々の屋敷が各々豪華さを競うのではなく、旦那衆が相談のうえで石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招き、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという、当時としては驚くべき先進的な思想にあります。現在のまちづくりに匹敵するほどの思想が、その当時すでにあったとは大変驚きですね。

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<観光のポイント>
・岡山市内から車で約75分。古き良き日本を感じられる、静かな山間にたたずむまち
・赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と 続くメインストリートをゆっくりと徒歩で散策できます。通り沿いにはおしゃれなカフェや雑貨屋さんが
・歩くのが苦手という方には、町内を巡回するレトロなボンネットバス(無料)が定期巡行しています。お子さんも大喜びでしょう^^
・メインストリート以外の村内のその他の観光スポットには、車でコンパクトに移動可

<フォト>

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村内入り口にある案内板

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吹屋のメインストリート。昔なつかしさを感じる整然とした街並み

旧広兼家住宅

「旧広兼家住宅」
1800年代初頭、ベンガラ原料の製造などで栄えた庄屋 広兼氏の豪邸。昭和52年と平成6年の二度にわたり、県内の津山市で起きた「津山事件」を基にした映画「八つ墓村」のロケ地ともなった

吹屋小学校

「旧吹屋小学校」
平成24年3月まで国内最古の現役の木造校舎として使用されていた小学校(県指定重要文化財)。明治6年(1873)に開校し、およそ150年の歴史を誇ります
※令和3年現在、保存修理工事中のため見学はできません。令和4年3月末に工事完了予定だそうです

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「笹畝坑道」
江戸時代から大正時代まで操業した銅山を復元し、坑内を見学できるようにしたもの。抗内の気温は年間を通して15度前後と天然のエアコン状態!
吹屋銅山は、大同2年(807年)に発見されたと伝えられ、戦国時代から明治までの長きにわたり栄えてきました

明治以降、三菱金属(株)の経営となり、日本で初の洋式溶鉱炉が造られ、日本三大鉱山の一つとなりました

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神秘的で涼しい笹畝坑道の抗内。特に夏の暑い時期にはうってつけの訪問箇所です!

<ハレエンパシーならではのオトク情報>
「吹屋ベンガラ灯り」
毎年10月下旬頃に、この吹屋の町並みを数百の灯ろうで照らし、吹屋の町なみが灯ろうの優しい幻想的な光りで包まれるイベントです。吹屋小唄踊り連の方々の踊りも楽しむことができます。
コロナ禍の影響もあり、今年の実施は2021年8月現在未定のようですが、ご興味のある方は、主催者の高梁市吹屋観光協会までお問合せください。

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