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朗読OKな自作短編小説 3

はい。どんどん貼っておきます。記事数をどんどん増やしていくスタイルです。

規約について

規約はこちらに記載あります。

本編 タイトル 「私も……誰?」 所要時間 約10分

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きっと彼は夢を見るだろう

どうなってんだ?

窓一つない八畳程の真っ白な部屋で、俺は覚醒する。

昨日の事を思い出そうにも……不自然なくらい覚えていない。

だが、今はこの部屋から出る事が先決だと判断した俺は辺りの状況を確認した。

部屋の外へ抜けるドアは、俺の後ろにあったが当然のように鍵がかけてある。

鈍い銀のドアノブが異様に目立ち、忌々しく見えた。

他に目ぼしい物として、ドア以外に部屋の側面部にバカでかい電子時計が埋め込まれていた。

赤字のデジタル文字が、秒単位で表示され時間はちょうど1時間半を切っている。


制限時間か何かか?

そして、一番のメインとして俺からもっとも離れた位置に寝そべっている女性。

特に手足に錠もついてなかったので、慎重に俺は女性を起こしに行く。

女性を揺さぶると、彼女はうーんと瞼をこすり目を覚まし、俺に驚く。


「えっ?えっ?えっ?」


俺は距離をとった。

彼女の反応に却って冷静になり、安堵する。

あれ?何かおかしい。

俺も最初に反対側に寝そべっているあんたを見つけてなかったら、そんな感じだったんだ。


しばらくして、彼女も落ち着いたのか小さなカバンの中身を確認した上で、おそるおそる俺に話しかける。


「あのう、ここはどこなんでしょうか?」
「僕も知らないんです。気づいたらここに。自分が誰だかわからないのです」

俺は先程の違和感の正体を理解した。

彼女はとぼけたように話した。
「すいません、私も……誰でしょう?」

記憶喪失の俺の前に登場した人は、記憶喪失者だった。

バッグを物色し終えた彼女はホッと一息ついた。


「良かったあ。武器の類はない。私、てっきり密室でデスゲームやらされるのかと思いましたよ」


「どうして?」

「いや、密室で見知らぬ人間同士が殺し合うって携帯小説のテンプレじゃないですか。でっかい時計なんてそのものズバリですよ。……あれ、もしかして私携帯小説読むの好きだったかもしれません」


「もしかして、昨日の事覚えてたりします?」


今はどんな些細な情報も欲しい。限られた制限時間内で、何かして外に出なければいけない。

俺は訳のわからない焦燥感に後押しされ、目前にいる地味目な亜麻色セミロングの彼女から、覚えている限りの事を列挙させた。


以下は列挙した事項だ。

・今朝、家を出る前の記憶はある。ただし、名前も仕事をしているのか、何歳なのかも覚えていない。
・昨日は家族とすき焼きを食べて寝た
・何かの予約を今日していた、前述のすき焼きはその祝いだそうだ
・お目かしをしてきている(俺にはそう見えなかった)
・スリーサイズと体重は覚えているが、教えない
(割とどうでも良かったが、彼女は頑なに拒んだ)
最後が一番重要な点だった。

「ここを知ってるんですか?」
「はい。どうしてなのかわからないんですが、覚えがあるんです。あなたも何か思い出したりしませんか?」


「恥ずかしながら、全く覚えてません」
くそっ、と俺は苛立つ。


もう時間が1時間をきっている。仮に、彼女の言う通りデスゲームでないとして、主催者は一体どんな目的で2人の記憶を奪い、わざわざ手の込んだ密室に寝かせたんだ?


無論デスゲームなんて俺は、はなから信じてないが。

刻々と時間が過ぎていく中、彼女はカバンの中から掌にすっぽりおさまる程の赤色のボタンスイッチを取り出す。


俺は単純なミスをしてしまう。どうして、一番最初にカバンの中身をを確認しなかったのかと。


不思議な事に俺の思考では、他人の物を探ったりするのは絶対的に禁止されている結論に至っていて、ルール違反であった。


大変申し訳そうにしながら彼女は話す。
「このスイッチを押せば、あなたの記憶が戻るそうです」


どういう事だ?

「ちょっと待ってくれ」


俺の声に反応して、彼女はぴたりと静止する。

「明らかに怪しいじゃないか」
「でも、記憶が戻れば……きっとなんでこの部屋に閉じ込められてるのかがわかるじゃないですか」

彼女の言う事にも一理ある。タイマーがゼロになった時、俺達に何が起こってしまうのかなんて想像したくない。

若干の間悩んだ俺は、結局彼女の提案に乗る。
何もしないよりも、何かして後悔したかった。


「スイッチを押してもいい」
「ホントですか?」

「ああ。だけど、俺が押す」
彼女からスイッチを貰うと、俺はしげしげとスイッチを観察する。
スイッチの裏側に、『マモル』はスイッチを押すと、正常に機能を回復されますと記載されている。

俺は『マモル』なのか?

彼女は生唾を飲み込み、こちらの様子をじっと伺っている。

覚悟を決めた俺はスイッチを押す。


そして、今回の出来事はすべて事故であった事がわかった。


俺がなんであるかを。


「記憶戻りましたか?」
梓の声に、俺は答える。

「ああ、戻ったよ梓。昨日俺の好物食ったんだってな。春菊なしのすき焼き」
「えっ、春菊入ってない事あなたに話してないのに。梓って私の名前なの?」

きょとんとした、慣れない化粧の梓を見た俺はある一つの決断をし、その通りにプランを組み行動を開始する。

「そうだよ。僕らは恋人だったんだ」
「だった?」

「俺は死んでしまったんだ」

「そんな馬鹿な。死んでるのにどうして生きているの?」
パニクってるんだな、梓。

「驚くのも無理ないよ、ややこしい点が二つあるんだ。一つは、この体は機械で、生前の俺のデータを反映させた特殊な用途のロボットって事。もう一つはロボットに、俺の霊魂が偶然取り付いてしまったって事。あ、でも触媒と考えれば妥当かもしれないけど」

梓はただ唖然としている。
「全く訳がわからないです。あなた、ロボットなんですか?」
「信じられないなら触ってみて」

恥ずかしがりながら、梓は俺の手を握る。温かい気がする。
「ほんと、冷たい。冷凍みかんみたいにカチカチしてる。機械なのはわかったけど、幽霊が取り付いてるの?」

「みたいだ。で、さっき特殊な用途のロボットって言ったよな?」
「ええ」

「梓、お前は死んだ俺にもう一度逢いたかったんだ。生前の人間のデータを入力し再構成させ、素体を作成する。な、特殊だろ。死者は生き返られないのに、偽者でもいいから、わざわざ大金をドブに捨てて、このサービスを受けるんだ」
「でも私、記憶が……」

「手違いだろうな。順序が逆になってしまったんだろう」
「手違いって?」

「時間がなくなったら、ここにいた間の記憶は梓からなくなるんだ」

頭の中で必死で整理しようと梓はカバンから白紙のメモ帳とペンで今までの要点を記載していく。

「そんな……記憶がなくなってるのに、またなくなるの?」
「そう。わざわざ大金使っても、一時の夢しか買えない、偽者のな。このサービス自体、秘密裡に行われているし違法だからな。そのリスクをしょってまで、梓、お前は俺に会いたかったのか」

ぼんやりと梓は研究員からこの部屋の説明を受けていた事を思い出した。

研究員は何度も考え直すよう説得したが、梓は頑なに拒んだ。

だって……

「……えっと、体は偽者だけど心は本物なの?」
「まあそういう事になるな。後、サービスが終わったら、管理者にお話しをしておけば、記録から探ってミスがわかる。きっと、返金してもらえるはずだ」


タイマーが10分を切る。
俺は梓を抱きしめた。


「ずっとこうしたかった」
梓はどぎまぎしながら、泣いている。


「あれ、私なんで泣いてるんだろう。なんだか、懐かしくて安心して」
「俺も生身だったら同じ状況になってたろうよ」


あっ、と梓が叫ぶ。
「思い出した!由伸さんに逢いたくて。病気でいなくなってしまってから、ずっと寂しかった」

後3分。

抱擁を解き、俺は梓の肩を掴む。
「梓、もう先の人生歩け。俺は放っておけ」
「できない」

「うるさい。死んだ俺に逢えたんだ。奇跡は二度起こらない」
梓は黙り、涙を拭う。

一分を切った。

「梓、また忘れるだろうけどお前の事愛してるぜ」
「私も」

「さっきの涙でも思ったんだが、もしかして体は忘れていないのかもしれないな」
「えっ?」

「お前の心が忘れても、きっと体は覚えている。大丈夫、お前は次へ歩ける」
「意味わかんない、勝手に納得しないで」
「大丈夫だ、お前と一緒だった俺が言うんだ」

15秒を切った。

「なら思い出さないように、梓のスリーサイズと体重でも話すか。B80W69H80、体重は……」
「あー、やめて!」

5秒。

「100kg」
「嘘をつくな、嘘を!」


1秒。


「47kgだろ。全く最高の女だったよ」

由伸の無邪気な笑顔が、また意識を喪失する梓の見た最後の光景になった。

エピローグ

モニター監視室。無機質な程、だだっ広い部屋にはパソコンとモニターを支えるデスク周りしかない。
部屋に隠された監視カメラから観察していた若手の研究員が呟く。

「マジかよ。ロボットって嘘つけましたっけ」

「わからねえ。あのロボット、幽霊だと嘘ついて彼女の恋人の振りしてたのか、かなり怖ええ。訳分かんねえ」
禿頭の太縁眼鏡をかけた壮年の男は、ぶるっと身をすくませる。 

「まあ、とりあえず上に報告するしかないですよね。前代未聞だわ」
「ああ早く報告書仕上げろよ」

仕事を終え、2人は禿頭の家で宅飲みをする。

禿頭の研究員は自身の見解を話す。

「ただまあ、あの時のロボットの挙動、もしかすると自我があったかもしれねえな」
「ロマンですねえ」

「うるせえ、確かにデータ自体は俺達が入力したもんだったが、あの女を振り切らせる為に行動したのは、紛れもなくロボットがやった事だったんだよ」
「ロボットが人間の機微を理解し、前向きな方向性へ誘導した……信じられないなあ」

「でもよお、あの女覚えてるか?」

ビール瓶を空にし、しみじみと若手は語る。
「覚えてますよ、実にいい晴れやかな顔をしてましたね」


「あのロボット……いやあの時のアイツは、きっと持ってたんだろうな」

「何を持ってたんです?」


「人間で一番崇高で純粋な感情、愛情だよ」

(了)

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