120分の1の確率の裁判員。

それは2010年の出来事。「初の死刑求刑事件で裁判員」というニュースがあった。他人事ではない、かくゆう私もTOKYOでNO.576の裁判員経験者なのだ。(裁判員制度は2009年に施行されている)

時は半年以上遡る。あれは春だっただろうか、冬だっただろうか。一通の封筒が自宅に届いた。裁判員制度の選定に選ばれたので、どうしても辞退せざるを得ない場合は申し出て下さいとの趣旨だった。経験至上主義の私は、その制度のことすらよく分かってなかったけれど、判ってないからこそ経験してみて知りたいと思った。当時猛烈に忙しかった私は、送られてきた書類を全てに目を通す時間は取れなかったものの、注意深く選考から洩れない様気を配ったが、要するに何もしなくて良かったようだ。選定メンバーに選ばれただけで、決定ではないようだ。(逆にこの時点で仕事が多忙、日本に居ない時期があるなどの理由で辞退する人は返送しなければならないそうだ)

数ヵ月後、もっと大きな封筒が届いた。今度は冊子やDVDが入っていて勉強するようにと示唆されつつ、今度は返信も要請された。しかし猛烈な多忙を極めるそれは5、6月のことで私は必死に出張先の福岡でそれを投函したことを記憶している。帰宅して書類を見ると提出期限を数日過ぎてしまっており、このまま選考に洩れたらショックだなと思いながら数日を過ごした。

数週間後、いよいよ更に封書が届いた。日程が指定されたのだ。7月のある火曜日の14時に霞が関の東京地方裁判所へ「出頭」するように。そして続く水曜・木曜・金曜に選出された裁判員は裁判があるので、日程を確保して欲しいとのこと。否、もし拒否するようならばそれは有罪にあたるという強制力も記されていた。猛烈に多忙だった私は、一瞬それは不可能だと思った。金曜日は福岡のイベントの初日前夜で、私は福岡に行かなければならなかったからだ。でも、どうしても私は体験してみたかったのだ。かなり無理矢理その日程に打ち合わせを入れないようにした。慎重に指定された火曜日の14時霞が関の裁判所へ「出頭」した。やけに丁寧に「お疲れ様です」と言われ恭しく奥の会議室へ通された。ここで驚愕の事実を知る。

なんとその会場には40余りの人が、火曜日の14時に霞ヶ関に呼びつけられたのだ。その中から「抽選で」4名が裁判員として、2名が補助裁判員として、選出されるというのだ。ここは選出されなかったら、アタシキレちゃうわ!と思った。多忙な中、何とかお願いしてあけた日程を、抽選に漏れたからサヨウナラ?!その失われた三日の補償もして欲しいわ!、と心の中で、キレるリハーサルもしてみた。多忙なビジネスマンにとってこの3.5日まるまる空ける辛さ、公務員には分からないからこんな失礼なシステムを遂行出来るのよね、と。その集まった人々を眺めた。男女比は同じくらいで若目の男女のサラリーマンとおばさまが目につく。この時間に来れて、かつ向こう三日丸々裁判に注げる人種というのは、かなりフィルター掛かっている。

ゾロゾロと数人が登壇した。女性の裁判長だった。弁護人もいて、遂に対象となる事件が発表された。その場の40人はゴクリと唾をのんだ。その被告人の本名と罪状が数行で明記されていた。それは、少し期末試験のような記載のされ方だった。その被告人のことを知っている場合公平性に欠けるということで、辞退しなければならないそうだ。何度も何度も、辞退の意志の確認があり、ようやく抽選にとのことで裁判官たちは別室へ行き、まもなくして戻ってきた。抽選はコンピューターで行われ、発表される。外れる気がしなかったけれど、外れてもショックが無いように、あまり気にしなようにした。失くし物をしたかもしれない時に、気づいてない振りをしてこっそり探すような感じで。裁判員4人が発表され(私は選ばれなかった)と思ったら、補助裁判員で選ばれた!ギリギリ!

選ばれなかった人は、一瞬にして「お疲れ様でしたー」といった感じで散り散りになった。選ばれた6人は先ほど裁判官たちが引っ込んだ部屋に通された。なんだかその扉を潜る時は、もう一つの世界へ踏み込むような気がした。小さな部屋は普通の会議室だったけれど、お代官様よろしく裁判官と裁判長が四角の一辺に並び、もう二辺に裁判員が並び、もう一辺に私ともう一人の補助裁判員が並んだ。宣誓をさせられ、短い説明後明日から使用する部屋と裁判所を見学し、説明は終わった。

今回は傷害窃盗事件ということで、殺人ではなく、審理も3日間と短く、更に補助裁判員として体験出来たのは非常に良かった。通常どれくらいの人が、実際の裁判を見学含めて経験したことがあるのだろう?良く注目される事件の裁判には、傍聴席を求めて多くの人が長蛇の列を成している様をニュースで報道されることがある。人生で一度裁判を傍聴するのも良いと思う。かなり確率が低いようだけれど、私のように裁判員として裁判に参加するとより分かることが沢山ある。そういう観点では、裁判員制度は施行されて良かった。ただ、事前の送付物、出頭した約40人へも半日の日当、選出された6人への3日間の日当、裁判員は貰えるノートペン消しゴムなどのオリジナルグッズやピンバッチ等の経費を考えると、通常裁判よりかなりの税金が掛かっていることは確かだ。私が参加した裁判は殺人ではなかったので、まだ精神的負担は軽かったのかもしれない。ニュースでは、非常に複雑で深刻な事件に関しての審理を長期間に渡ってしなければならず、精神的に非常にダメージを受けたという報道があるのも頷ける。

実際の審理はどのように行われたかというと、裁判長が最初事件の説明をして、裁判員が自由に議論して、その後裁判長が通常の事例を説明して、求刑が決まる。どんなに感情的に怒りを覚えても、極端に窃盗罪くらいで死刑とならないようになっている。翻ってみると、もう既に答えは決まっているのに、素人が誘導されてその決まった答えに辿り着くという敷かれたレールを走るだけなのだ。全ては国民の認知をアップするための施策なのだろう。しかも、実際に詳しく扱った事件について述べることは禁止されている。被告などからの恨みなどの危険性やプライバシーを尊重して。だから、私も体験したことをまとめなきゃと思いながら、日々に忙殺され、5年経った今ようやく記しておこうと思った次第。

5年経ってみたけれど、周囲で裁判員をしたという話はとんと聞かないし、最近ではちっとも話題にならない。調べてみると、一生のうちで120人に1人が裁判員になる確率だという。確かに、裁判を経験してみて、分かったことがある。訴訟は結構簡単に数万円で出来る。ただ、弁護士費用などは高額になりがち。どんなことがあっても、暴力を振るうと罪が重くなる、窃盗よりも。

認識を高めるという意味では、裁判の傍聴を小学校高学年で必須にするなどにした方が良いと思った。

因みに、拘束された3日間は、職場からは有給扱いでかつ、日当ということで、1日当たり8000円程度の3.5日分が支払われたのだった。

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