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ドラマ『ポルノグラファー』珈琲物語~竹財輝之助さんのサブリミナル演出

丸木戸マキ先生原作・三木康一郎監督のドラマ『ポルノグラファー』シリーズの魅力の一つは緻密に作りこまれた心理描写。役者はもちろん小道具も重要な役割を演じサブリミナルな効果を上げています。

たとえば、コーヒーカップという小道具に着目すると、空のコーヒーカップは先生の心の空虚を、コーヒーを注いであげるのは久住くんの愛情表現の象徴として物語が進行しているとみることができそうです。(注1)

主演の竹財輝之助さんが、このカップをのぞき込む仕草やコーヒーの量の調節を自ら行っていたようなので(2020年4月23日三木監督と同年5月16日の竹財さんのツイッター上での回答から判明)、敬意を表してまとめてみました。

『ポルノグラファー』とは

ドラマ『ポルノグラファー』は、作家の挫折と再生の物語を核に、美しい映像美と意外性の物語、そして地上波放送の可能性に挑戦する性描写を含む攻めた表現で一大センセーションを巻き起こしつつ、視聴者からの圧倒的な支持によって、FODオリジナルドラマ史上最速の100万視聴を達成し、続編『ポルノグラファー~インディゴの気分』(2019)や続々編の映画『劇場版ポルノグラファー~プレイバック』(2021)も公開された作品です。ここでは、一作目の『ポルノグラファー』(2018)について論じます。

原作にはないコーヒーの追加シーンまとめ

ブラックコーヒーと強いタバコは、原作から一貫して木島先生の嗜好を表すモチーフとして描かれていますが、ドラマでさらに追加された描写がいくつかあります。例えば以下のとおり。

3話 久住の妄想に出てくる城戸と木島の濡れ場で机上のコーヒーが波打つ
3話 久住が買い物に出ている間、城戸と木島はコーヒーを飲んでいる
4話 久住が先生のためにコーヒーを淹れている(原作では淹れてる瞬間の絵はない)
5話 城戸が久住に社内でコーヒーを出す(原作では喫茶店)
6話 田舎で暮らす先生の背後にコーヒーメーカーが置かれている

先生が空のカップやグラスをのぞき込む場面がいかに多いかまとめ

竹財さんの演出と思われる部分は【竹】、監督の演出と思われる部分は【監督】とします(これまでのインタビュー等からの推測)。

1話

・「狂って悦ぶで狂悦だよ」「漢検1級なんだよね?」「まあ無理ないか」の後、空のカップをのぞき込んでコーヒーを注ぎに行く先生。【竹】
コーヒーを注ぐ音はするが映像はない。
・「こないだ終わったやつ、担当からOKでたよ」の後、コーヒーを淹れようとする。【原作通り】
久住「俺やりますよ!」
木島「そう?」
久住「すいません気づかなくて。何でも言ってくださいね。」
木島「助かるよ」
・久住が淹れたコーヒーを美味しそうに飲む先生。

この後、二人で先生の作品について夢中で語り合う恋の高揚感が最高に美しい。空のコーヒーカップに先生のSOSが出ていたかと思うと、「すいません気づかなくて」という久住くんのセリフが意味深に感じられて涙を禁じえない。

・久住がカンダチしてしまった後。
「ちょっと休憩しようか」
またコーヒーを淹れに行く先生。【監督?竹?】

コーヒーを淹れに席を立つという動作は、場面展開の意味でも効果的ですが、頻繁に繰り返されると満たされない焦燥感が積み重なります。


2話

・「パソコン使わないんですか?」
口述筆記をせず音声認識ソフトを「買ってみたらどうです?」という提案に先生はあからさまに不機嫌になって、コーヒーを口に運ぼうとして空になってることに気付いて淹れに行く。【竹】
ポットにも、わずかしか(揺すって音を聞かないとわからない程)コーヒーが入っていない。【竹】
ここでもポットから注ぐ音はするが注ぐ映像はない。【監督】
・レコードを聴く二人
その後、満たされたカップは、二人で寄り添ってレコードを聴くソファの側のテーブルに置かれている。【監督?竹?】
・「どっちがいやらしいと思う?」
「じゃあ…ポの方で」「さすがだねぇ漢検1級」
この間机上のカップはずっと満たされている。【監督?竹?】

口述筆記ができなくなる提案をされたときは空のカップをのぞき込み、二人での共同執筆が順調に進んでいるときは、タバコの吸い殻が増えていることから時間はだいぶ経過しているにもかかわらず、カップは常に満たされています。

ちなみに久住くんの書いた原稿を先生がチェックをしているとき、久住くんは先生の肩を揉んであげているが、先生の向かいにビール?のコップがあることから直前まで差し向かいで飲んでたことが分かります。1話でも2話でも久住くんだけビールで木島先生の手元にはコーヒーカップが置かれているので、木島先生は3話の飲み会に至るまでは本当にお酒を断っていたらしい。


3話

・久住の妄想の中
城戸君と木島先生との濡れ場の表現として、机上のコーヒーが激しく波立つ。【監督】

竹財さんが「三木監督の心理描写」が好きだと言って例として挙げた場面。生身の人間を映す代わりに揺れるコーヒーを映す表現です。ここで波立っていたのは一体誰の心だったのか…。

・久住の留守中の城戸と先生
久住の妄想とは異なり、実際には先生と城戸はカップを手に会話をしている。先生は城戸から執筆について質問される間、所在なさげに空のカップをいじっており、カップの中をのぞき込むとキッチンへと立っていく。【竹】

カップは満たされないままで、久住くんが買いだしから戻ってきます。

・三人の飲み会
コーヒーではないが、先生はお酒の入ったグラスのお酒が半分以下になったあたりでグラスの中身を寂しげにのぞき込む。【竹】
一方、城戸はビールのおかわり(恋人のおかわり?)を冷蔵庫に取りに行く。学生時代に先生が城戸の彼女を寝取った話をしているが、先生は城戸の後ろ姿を恨めしそうに見ている。先生は渇きのためかボトル1本を空にしてグラスも落として中身を全て失い、ぶちまけたお酒(こぼれ切った心)の上に突っ伏してしまう。【原作通り】


4話

・木島先生と久住が初めてキスをして迎えた朝
先生のためにコーヒーを淹れてあげる久住。初めてカメラの間近にコーヒーメーカーが映り、久住がポットを取り出しカップになみなみと注ぐところまで、手元がしっかりと映っている。【監督】
カップは久住の手ずから先生の元に運ばれる。
大学に行く行かないの話のあと、先生は満たされたコーヒーに口をつける。なみなみと満たされたコーヒーを先生がカメラの前で飲むのは初めて。【監督?竹?】

なお、1話で歓談する場面でもコーヒーは久住くんによって満たされますが、一口目はコーヒーが少し減ったカップが机上に置かれる映像で表現され、先生が飲んでいるところがカメラに映るのは二口目か三口目。
4話の冒頭は二人の間にぎこちなさをはらみつつも、先生の気持ちが久住によって満たされ一つのピークにあることは明らかです。

・「明日には終わりそうだね全部」
今やっている仕事が終わったら来なくていいと言われた久住は、緊張した面持ちで自分の緑色のカップ(空)をにぎりしめている。【猪?】
意を決して、「これからもまたメシ食いに行ったりしましょうよ。全部終わりとかじゃなくて…ね、先生」「そうだね…」と言った先生は久住の空のカップをもってキッチンへ逃げる。【竹?】
運ばれるカップは画面の外にフレームアウトして見えない。【監督?】

なお先生のカップは執筆机の上なので、注ぎに持って行ったのは久住くんのカップ。カップは満たされることはなく、「君に失望されたくない」という発言にいたる。先生のカップにコーヒーが入っていたのかどうかは不明。まるで明かされない先生の心のよう。

・アパートに帰宅した久住
失意のもと雨に降られて帰宅した久住はシャワーを浴びてから缶ビールを開ける。

以前は先生宅で仕事終わりにお疲れ様のビールをもらっていたけれど、この日は仕事の後、歓談することもなく早々に帰宅してしまったことが分かります。


5話

・久住が先生の嘘を暴くシーン
ポットのお湯が沸騰する(注1)(この回の木島邸ではコーヒーは登場せず)【監督】
・城戸のオフィスにて
城戸が出す来客用のコーヒーを久住は一滴も口にしない。【猪?監督?】


原作では喫茶店で比較的和やかに談話が行われますが、ドラマでは城戸のオフィスで行われます。ドラマ版の久住くんが出されたコーヒーを飲まないところに彼の潔癖さや警戒感が良く出ています。


6話

・空っぽの缶コーヒー
久住が家に先生がいないことに気づいて探し回った後で先生が戻ってくる場面。買い物から戻ってきたなら中身の入った缶コーヒーを持ち帰ってもよさそうなところ、なぜか缶はすでに空。空っぽの心を持って空の家に戻ってきたということなのか。【竹】
「辞めちゃうんですか、作家」と聞かれ、先生は長いタメのあと「うん」と目を合わせずに本心を言う。そして握ってた缶で煙草を消してカウンターに置く=手放す。

創作の火を消し空の心(缶コーヒー)を手放したのでしょうか。
そして、「書きたい……!」という真情の吐露にいたります。

・一夜明けた家の中の様子
缶は向こう向きに置かれラブシーンは見てない。(注2)
・田舎家で暮す先生
文机の上にコーヒーカップ、背後の卓上にコーヒーメーカー。【監督?美術さん?】


全財産処分して、コーヒーメーカー=久住くんの愛情だけを田舎に持ち帰った先生…。ロマンチックな演出に合掌…。

考察~コーヒーカップをのぞき込む所作の効果

『ポルノグラファー』は、ほとんどが木島先生の一軒家の中で進行する密室劇。そのため、コーヒーのような小道具は場面に変化をもたせる重要なアイテムといえるでしょう。

そのうえで、コーヒーカップの中身が空かどうかは飲めば自ずと分ること。わざわざ中身をのぞき込むという動作は日常それほど多くある訳ではありません。しかし、木島先生が空のコーヒーカップを頻繁にのぞき込むことで、彼の渇望感や焦燥が知らず視聴者に刷り込まれることになる訳です。いわば竹財さんが盛り込んだサブリミナルな演出といえるのではないでしょうか。

またもう一つ、最初に述べたように満たされない心と注がれる愛情というメタファーとして捉えることもできます。どこまでが意図された演出かは分かりませんが、作中、特に1話から3話まで決して語られることのない木島先生の内面を代理で表現しているといえるでしょう。食えない大人かと思いきや、久住くんに著書を読破したと言われて激しく動揺し、大人の顔の下の純粋な素顔を露呈した先生ですから、白色のコーヒーカップほどうってつけのものはありません。少なくともこれを演じる竹財さんは物語中で一貫した意図で使っており、木島の心を表現していると考えてよいでしょう。

まとめ

『ポルノグラファー』では、木島先生がコーヒーカップをのぞき込む所作が不自然なほどに多く登場し、見る人に心の空虚感を伝えています。それは、久住くんが愛情をもって注いでくれるコーヒーと見事な対照を見せ、もう一つの愛情物語となっています。

予算も撮影期間も限られた深夜ドラマでありながら、またこれほどくり返し試聴されるとは予想しなかったであろう時から、コーヒーカップという小道具の使い方ひとつにも心血を注いで丁寧に作られたことが分ります。監督や俳優の皆さんが土壇場で作品にかけるセンスとクリエイティビティを垣間見ることができるのではないでしょうか。

(おわり)

Special Thanks

2020年春、コロナ禍で巣ごもりすることになった監督や竹財さんが視聴者の質問に答えてくださるという異例の事態が出現。この考察の手がかりをいただくことができました。

「ポルノグラファーで木島がコーヒーカップを覗き込む仕草が多いのは心のメタファーでしょうか?」という質問に対する監督のお答え。

「ドラマ「ポルノグラファー」でコーヒーカップの中身を頻繁に覗き込む仕草をされていましたが、カップの中身の量の調節みたいなことも、役作りの一環としてされていたのでしょうか?」という質問に対する竹財さんのお答え。

貴重なお時間をさいてお答えくださって大変ありがとうございました!深謝

注1)この記事は、ポルノグラファーのファンの皆さんとツイッター上で感想を語り合う中で生まれたものです。当時、カップの柄の向きや小道具の配置を論じている方たちもいました。ある日、コーヒーメーカーは先生を想いやる久住くんを象徴するようだというイメージをnonさんやサボテンさんから教えていただいて、点と点がつながって演出が神すぎるという結論にいたりました。グラファーの皆様に感謝。

注2)「沸騰するデロンギに滾る怒りを詰め込んでる」by アヤカタソさん

注3) 「缶コーヒーの商品名が TRY なのもW meaningなんじゃないかとちょっとニヤニヤする。」byヨル。さん


修正履歴

2018.12.13 初稿、12.14朝微修正、12.14追記、12.15缶コーヒー追記、12.16微修正、ヨル。さんのリプを追記、12.17 2話3話に追記、12.21飲み会の場面修正、4話アパートでの缶ビール追記。

2020.5.17 三木監督と竹財さんのツイッター上での回答から、カップをのぞき込む仕草やコーヒーの量の調節は竹財さんが行っていたことが判明したのでタイトルを改め、【竹】【監督】マークを追記。

2021.4.7 fusetterに書いた原稿をnoteに場所を移して公開。


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