銀行員の仕事   (営業係)_3_期日管理

地図を見ながら辿りついた

1軒目の訪問目的は、300万円の定期預

金の期日管理だった。

田中はバイクに乗ったまま、家の表札を

確認した。

※期日管理とは、定期預金の満期日前に顧客を訪問し、書き換え用の伝票に、判子を押印してもらい定期預金証書と一緒に預かって帰り、支店内で預金係に、定期預金証書の期日を1年先等に書き換えて貰い後日、顧客に「定期預金証書と、利息(現金)、定期預金継続のお礼の粗品(タオル、サランラップ等)」を渡しに行くというのが仕事内容である。

実に簡単で、何ら特別なスキルが求めら

れる仕事内容ではない。

しかし田中は、顧客の家の前を

バイクで行ったり来たりしていた。

鈴木主任からの引継ぎ先では無かった

為、初めての訪問だ。

いきなり初対面の人に、お金の話をして

怒られたりしないだろうか?

人見知りする田中は、知らない人の家

のチャイムを押すのが怖かったのだ。

10分後、不安を押し殺し、意を決して

チャイムを押した。

「九州銀行で〜す。お世話になりま〜

す」

「ああ、九州銀行さん」

60代半ばぐらいのご主人が、ドアを開

けてくれた。

第1関門を突破した。僕のこと、銀行員

だと信用してもらえた。

「定期預金の書き換えに来ました。

私、新人の田中と申します」

ドキドキしながら名刺を渡した。

「まあ上がって」

「失礼します」

和風の応接間に通された。

「増額するよ。1000万円」

「ありがとうございます」(汗)

「おーい、銀行さん来たよ」

「は〜い」

50代後半ぐらいの奥様が

定期預金証書、印鑑、現金1000万円

を持って応接間に入って来た。

田中は、大口預金獲得の嬉しさを感じ

るよりも、

初対面の人間に、1000万円も預ける事

に驚いた。

30分程、無言で1000万円を数えた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?