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男風呂突撃取材

 テレビカメラはショートカットのボーイッシュな女性にズームアップ。
 マイクは持たずにイヤホンマイクでにこやかに話し出す。

『はーい皆さんこんにちは。今週も男風呂突撃取材の時間がやってまいりました。
 いつもの通り、レポーターは、わたくし佐藤栄子がお届けしまーす』
 
 カメラが切り替わり、荒れた海をバックに海の健康ランドとテロップが張られた建物が映し出される。
 まだ新しい建物なのに、すでに軒先にはツバメの巣がいくつも作られている。
 自然環境が良いということか。

『それでは、まず男風呂に仕掛けた隠しカメラからの映像を見てみましょうね。』
 急に小声になったレポーターは、前かがみのこそこそした歩き方で、駐車場に停めてあるバンに向かう。
 バンの中はモニターが4台も置かれており、ちょっとした放送局のようだ。
 モニターは男風呂の様子をそれぞれが別の角度から映し出している。

 一番モニターとテロップがついた画面に切り替わる。
 ガラスの外の荒れた海をバックに、広い浴槽が湯気の立つお湯をあふれさせている。
 一人の男が右側から現れて、まったく気づく様子もなくカメラのほうを向いた。
 
『一番のモニターを見てみましょうね、うーん。この男はだめですね。すでに腹が出てる。ほら横腹がぼよーんで、おちんぽも毛の中に隠れてしまってます。ほんの少しだけ顔を覗かせてますけど、こんなの誰も使ってみたくないですよね、後ろを向きました。お尻も肉がたれてます。だめだめ。2番モニターはと、』
 
 画面が二番モニターに切り替わる。
 洗い場の風景が映し出された。低い壁に仕切られた個別の洗い場が五つ並んでいる。
 そこに座って身体を洗っている男が3人いた。
『真中のお尻は割と若そうですね。こいつはなかなか良いかもしれません。この横の男も仲間なんでしょうか。年が近いようです。ではこの二人をターゲットにいたしましょう』

 レポーターはバンから降りると、温泉の入り口に向かって走り出した。
 カメラマンが走って追ってるのが、画像の揺れ具合でわかる。
 映像には出ることがないが、そのカメラマンも女性だった。女子プロレスラー並みのいかつい肩に、重いテレビカメラを軽々と担いでいる。
 自動扉が開いて、レポーターが部屋の中に消えると、画像が一瞬暗くなり、再び明るくなったときには、レポーターはすでに男風呂の入り口に立っていた。
 周囲の男客が何事かと目を見張っている。
 レポーターが更衣室に入っていく。入れ違いで出てきた男性は、この番組を見たことがあったのだろう。連れの男に、やべーもう少し遅かったら裸を全国ネットで流されていたよ、とささやいていた。

 更衣室には10人くらいの男たちが服を脱いだり着たりしていた。
 ちょうどパンツをはこうと片足上げていた男が、慌てて着ようとしてひっくり返った。
 カメラがその中年男の股間をズームインする。
 カメラのフレームに毛の生えたジャガイモみたいな性器がアップで写される。

「きゃはは、大丈夫ですか。いきなりのサービスありがとうございます」
 栄子は呆然とする男に一つ礼をすると、更衣室のほかの男たちをすばやく観察した。
 ここは駄目ね、奥に行くよ、とカメラマンに目で合図して、浴場への扉をさっと開いた。
 カメラがすぐに湯気で曇る。
 カメラマンは曇り止めのついた布でレンズカバーのガラス板を拭き取る。
 奥のほうで栄子の突撃取材から逃げ惑う全裸の男たちが映し出された。
「なんだよいきなり、勘弁してくれよ」
「卑怯だぞ、こんなの無いよ」
 栄子につかまった二人の高校生くらいの少年が、いやいやしながら引っ張られてきた。
 その二人は先程のバンで栄子が目をつけた二人だった。
 他の男たちはすでに全員湯船に逃げ込んでいる。
 広い洗い場は二人の少年と栄子、それにカメラマンの4人だけだ。
 カメラマンは画面に登場しないから、3人だけがいるように見える。
「逃げないの。全国放送されてるんだから、逃げたら明日から卑怯者のレッテル貼られるよ。ここまで来たら諦めなさい!」
 栄子のどすの効いた一喝で、二人の少年はどちらも俯きかげんになり、両手で股間を隠してうずくまった。
「ほら、恥ずかしがらないで、気を付けしなさい」
 栄子に肩を叩かれて、やっと二人は背筋を伸ばした。
 均整の取れた身体と、濃い濡れた陰毛が画面から溢れる。
「はい。両手を頭の上に組んで自己紹介ね」
 栄子の差し出すマイクに向かって、右側の少年はふてくされたように木田卓也、といい、左側の少年はもじもじしながら澤田憲一です、と言った。
「木田君に澤田君ですか。二人ともいい身体してるじゃない。木田君は筋肉質で引き締まってるし澤田君はいかにも美少年の滑らかな肌って感じだね」
 カメラの目線が二人の身体をじっくりと見比べるように顔から順につま先までゆっくりと移動する。
「二人は同級生ですか?」
「そうです。そこの済陽高校2年です」
 質問に答えたのは澤田憲一だ。
「高校二年生だそうです。今が盛りのピチピチの頃ですね。どおりで美味しそうな体つきです」
 カメラを振り返って栄子はにやりと笑った。
「はいそれじゃ、今後の展開はわかってると思いますが、簡単に説明しますね。今から二人で勃起競争をしてもらいます。刺激的な映像を見てもらって勃起を出来るだけ我慢した方が勝ちです。君たちは若いからね。これが年寄りになると早く立った方が勝ちになるんだけど、若い子の場合は当然逆になります。それで勝ったほうはそこで解放してあげます。負けた方はどうなるか、テレビ見てればわかると思うからここではいいません。まあ、泣く事になるだろうなあ。ううーん楽しみです」
 最後はカメラの方を向いてウインクして締めくくった。

「でも不公平だよ、なんで女のあそこは放送禁止なのに男はいいんだよ、人種差別じゃないか」
 筋肉質な体つきの木田卓也が栄子を睨み付ける。
「何言ってるの。女の子のお股を放送しちゃったら馬鹿な男が欲情しまくって日本中が混乱しちゃうじゃないの。男のおちんこはテレビに映っても 、 女の子は笑ってみてるだけなんだからいいのよ」
 突撃取材を敢行するごとに浴びせられるこのような苦情をかわす事くらい、栄子には慣れたものだった。この口論も、実はこの番組の重要なパーツなのだ。
 差別だなんだと苦情を言う男たちが、論理で打ち負かされるのを全国の男たちに見せる事は、男が結局は女の下に位置する人種であるとの認識を少しずつ深めさせる事につながるから。
 男たちの女に対する根拠の無い歴史的な優越意識を氷解させ、従順な働きバチに改良するのが、この一見低俗な番組の裏の使命なのだから。
 
「では登場してもらいましょう。勃起ガールの皆さんでーす」
 栄子の掛け声と同時に男風呂の扉が開き、ビキニの水着をつけた若い女たちが五人入ってきた。
 湯舟に浸かっている大勢の男たちから歓声が上がる。
 全裸で立たされた二人の高校生は、すぐに顔が赤くなりもじもじし始めた。
 早くも半勃起状態で、上を向いてはいないが普段の状態よりもぐっと質量感が増している。
 5人の水着女たちはカメラに二人が写るように二人の前でしゃがみこんだ。
 じゃあはじめという栄子の声で、二人の前の水着女たちはさまざまなポーズで彼らを挑発し始める。
 四つん這いになって尻を二人に突き出した女の股間は、薄い水着が食い込んで縦に長い亀裂が走っていた。その尻が二人の前でうねうねと揺れだす。
 別の女は仰向けで足を開いて、股の中心を突き出すポーズだった。
「勘弁してくれよ」
 卓也が悲鳴に似た声をあげた。彼のものはたくましく頭を持ち上げ、もう少しで完璧に勃起するところだ。
 その横の憲一はできるだけ目をそらして、まだ半立ちの状態だった。
「どうやら木田君の負けみたいね。おとなしく負けを認めてさっさと完全勃起しなさいよ、お姉さんがしごいてあげるわよ。そして全国の視聴者の前でたっぷり発射するのよ」
 栄子は言いながら卓也の股間に顔を近づけて息を吹きかけた。
 その刺激で卓也のものはさらに角度を大きく、腹につくほどに勃起してしまった。
「はい勝負ありです。まあ予想どおりだけど、木田君の負けですね。木田君には楽しいけどきつい時間の始まりです。じゃあ澤田君はもうお役ごめんだから、いっていいよ」
 栄子が言うが、憲一は動かない。

「どうしたの?許してもらえたんだから嬉しいでしょ?」
 栄子がうつむく憲一の顔を覗き込む。
 頬を赤く染めた憲一が、搾り出すように言った。
「卓也を許してやってください。代わりに僕が言うこと聞きますから」
 思いもかけない申し出に、栄子も一瞬返答に困ってしまった。
 卓也も不思議そうに憲一を注視する。卓也の視線に意を決したように憲一は顔を上げて、栄子をにらみつけた。
「僕は卓也が好きなんだ。つまりホモなんです。これじゃ公平な勝負にならないでしょ。だから僕が罰を受けるべきなんだ」
 栄子以上に唖然としてるのが卓也だった。
 握り締めた震える憲一のこぶしを、卓也はやさしく握った。
「ありがとう。でも、負けたのが俺なのは違いないんだから。俺が行くよ、大丈夫。きっと生きて帰ってくるから」
 目と目で通じ合う二人の間に、無粋な栄子が割って入る。
「はーい。感動の場面はその辺でお開きですよ。じゃあ木田君こちらにどうぞ」
 手を握り合う二人を引き剥がすようにして、卓也を栄子が引っ張っていく。
 ついていこうとする憲一は、カメラマンの女のでかいお尻に突き飛ばされて、湯船まで吹き飛んでいった。お湯の飛まつが上がり、すぐに立ち上がった憲一は、ほかの男たちになだめられて、肩を落とし動きを止めた。

 にいちゃんがんばれよ、という声がいくつか湯につかっている男たちの中から、卓也に向かって浴びせられた。
「あいつも君のことが好きみたいだよ。きっと無事に帰ってくるから、信じて待つんだよ」
 憲一の耳元で、70過ぎのおじいさんがやさしく言葉をかけた。

 それじゃあこっちに来て、と全裸の卓也を引っ張る栄子が向かうのは、十数人の裸の女が待っている女湯だ。
 男風呂を出て、女風呂までのロビーを栄子に引かれて歩く全裸の卓也には、たくさんの哀れみの視線が投げかけられていた。
 これから彼が遭遇する出来事は、彼のこれからの女性観に大きな波紋を呼び起こし、もしかしたらまったくの女性不信に陥らせることになるかもしれない。

 十人以上の女たちに囲まれ、押さえつけられて、無理やり手でしごかれて射精させられるのだ。
 最初の数回は快楽の中での射精だろう。しかし、五回以上になるといくら卓也がしたい盛りの高校生といえども苦しくなるし、それ以上に無理やり勃起させられることは苦痛以外の何ものでもなくなるのだ。
 もう無理だって泣いて叫んでも、肛門から忍び寄る指に前立腺を刺激されたり、乳首を刺激されたり。
 男をもてあそぶ女たちのテクニックは、最近のテレビ解説番組の影響で一昔前の風俗嬢並みのものを、一般の女性も身に着けている。

 女湯の入り口に立った卓也は、一瞬立ち止まる。
 せかす栄子にうなづいて、一度男湯を振り返った。

 憲一が自分のことをそんな風に見ていたなんて思いもしなかった。
 しかし、考えてみれば納得できるエピソードがいくつかすぐに思い出される。
 きっと帰ってくるぞ。おまえのところに。

 卓也はうなずくと、栄子につかまれた腕を振り解き、大またで女湯に入っていった。

            男風呂突撃取材 おわり

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