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ミュージカル『ファインディング・ネバーランド』が問いかける「プロ」の意味

映画『ネバーランド』に着想を得てミュージカル化

 新国立劇場中劇場で、ミュージカル『ファインディング・ネバーランド』を見てきたので、日が経ちましたが感想を書いておきたいと思います。この作品は2004年にジョニー・デップ(当時の彼の美しいこと!!)とケイト・ウィンスレット主演で映画化された『ネバーランド(Finding Neverland)』に着想を得たもので、劇作家ジェームズ・マシュー・バリがロンドンのケンジントン公園で若く美しい未亡人シルヴィアと4人の幼い息子たちに出会い、戯曲『ピーター・パン』を完成させるまでを描いた物語です。

 主演はバリが山崎育三郎、シルヴィアが濱田めぐみ、バリの妻のメアリーが夢咲ねね、シルヴィアの母のデュ・モーリエ夫人が杜けあき、そして劇場主チャールズ・フローマンとフック船長が武田真治です。夢咲ねねさんと杜けやきさんは宝塚出身で、現役時代の舞台を見ているので、久しぶりに宝塚以外の舞台で活躍している姿を見て嬉しくなりました。

幻想的なポスターが美しくて好みです

描かれているのは「喪失」の痛み

 ピーター・パンはディズニーのアニメの印象が強く、ネバーランドに住む「大人になれない」少年という明るくファンタジックなイメージがあります。なので、このミュージカルも家族一緒に見て楽しめる、同じホリプロのミュージカル『ピーター・パン』みたいな作品だと思っていましたが、印象はかなり異なります。子役がたくさん出演していて、楽しい場面もたくさんあるのですが、ベースにあるのは「喪失」の痛みであり、「大人になるとは?」を見る者に問いかける奥深い作品だからです。

人が描いて欲しいものを書き続けて書けなくなったバリ

 1903年、売れっ子作家・劇作家のジェームズ・バリは新しい戯曲がなかなか書けず、苦しんでいます。そこで気分転換のために妻のメアリーと愛犬ポルトスと共に、ロンドンのケンジントン公園を訪れ、未亡人のシルヴィアと4人の子供たちと出逢います。シルヴィアはバリのファンでしたが、バリが新しい戯曲の構想について語ると、それはみんな彼の過去の作品の焼き直しだと指摘します。シルヴィアと子供たちに会ったことで、バリは「自分が書きたいものを書くのではなく、人に期待されている物を書こうとしている」ことに気づくのです。

 ビジネスの世界では、「自分が売りたいものではなく、お客が欲しいものを売るべきだ」と言われています。バリもそう信じていました。舞台になっている1903年(明治36年)、夏目漱石がイギリス留学から帰国した年です。イギリスでは劇場は上流階級の社交場で、子供が足を運ぶところではありませんでした。子供たちと触れ合う中で、バリは失っていた子供の心を取り戻し、三男ピーターをモデルとしたピーター・パンが登場するファンタジー作品を創作することを思いつくのですが、劇場主のフローマンに大反対されます。子供はお金を出せないと言うのです。元女優の美人妻、メアリーは自分自身の物語を書こうとするバリを理解できず、夫婦仲は険悪になり、最終的にメアリーは浮気をして家を出て行ってしまいます。

バリは6歳で兄と実質的に母を失っていた

 バリは6歳の時に13歳だった兄のデヴィットを亡くしています。兄を溺愛していた母親は柊生看護が必要な状態になってしまい、バリはこの事件で母も同時に失ったのです。子供ながらにこの状況に苦しんだバリは、兄は決して大人になることのない「ネバーランド」に行ったと信じて生きてきました。ですが、その心の痛みは妻のメアリーにすら話したことがありませんでした。それを夫を亡くしたシルヴィアに打ち明け、痛みを共有できた時、バリは自分の居場所をやっと見つけ、自分を生きることができるようになったのです。決して大人にならない少年ピーター・パンはバリ自身のことであったのかもしれません。

バリとシルヴィアはソウルメイトだった

 ほぼ実話であり、残酷なことに、4人の子供たちの父親であるアンソニーが亡くなって3年後、今度はシルヴィアが肺がんになり、子供たちを残して旅立ちます。ですが、シルヴィアはリが子供たちの後見となり、愛情を注いでくれることに確信を持っていたので、悲嘆に暮れることなく、心安らかに神に召されることができたのです。プログラムの中で濱田めぐみが、「育ちゃん(山崎育三郎)とも話したのですが、バリとシルヴィアは恋愛レベルの関係ではなく、ソウルメイトのような存在だったのでしょう」と語っています。それだからこそ、このミュージカルは既婚者の恋愛につきものの「生臭さ」のようなものがなく、清涼で温かい空気に包まれているのです。

 山崎育三郎は実年齢は37歳で、3人の子供の父親でもあるのですが、若く見えるのでバリを演じるには少々若く、逆に濱田めぐみは50歳で、美しい人だけれども、育三郎くんの恋人というのはやや無理があるように思えました。ですが、何といっても二人の歌に惹き込まれますし、ソウルメイトとして見るならば、二人の穏やかな雰囲気や愛に溢れた演技は素晴らしかったと思います。

夢咲ねねの美貌とスタイルは女優妻にピッタリ

 夢咲ねねはデコルテが美しく、スタイル抜群。華があって美人女優の役にぴったりでした。宝塚時代は歌に難があると言われましたが、根が真面目で努力家なのでしょう。今は歌も上手くなって、大きな舞台に通用する立派なミュージカル女優に成長していました。宝塚は「生徒」というだけあって、学校という位置付けなので、卒業後の努力や生き方が活躍度合いを大きく左右するなと実感しました。

厳しくも愛情深いモーリエ夫人の演技に涙腺崩壊

 シルヴィアの母であるエマ・デュ・モーリエ夫人を演じるのは元雪組の男役トップスター杜けやき。女優になっても凛とした魅力があります。モーリエ夫人の夫は風刺漫画家・作家として著名なジョルジュ・デュ・モーリエで、彼女も社交界では名の知れた女性です。モーリエ夫人は世間体を恐れ、バリがシルヴィアや子供たちの家を頻繁に訪れ、時間を過ごすことに反対して、会うのを禁じます。それは娘と孫を思うからこそで、最後、シルヴィアの病室で劇中劇が演じられると、モーリエ夫人は「妖精を信じます!!」と叫ぶんですよね。ここで涙腺崩壊です。杜けやきは厳しくも愛情深い母親を情感豊かに演じていました。

武田信治演じるフローマンは壁であり理解者だった

 私がキャストの中で一番良かったなと思うのは、プロデューサーのチャールズ・フローマンとフック船長の2役を演じた武田信治でした。「ピーター・パン」は今でこそ世界の誰でも知っている物語ですが、当時は荒唐無稽なファンタジーで、絵本ならともかく、舞台にかけるのは相当な勇気が必要だったことが、「フェインディング・ネバーランドを見るとよくわかります。
 最初は大反対していたフローマンですが、バリと何度も組んできて、彼の才能を信じていたフローマンは、「敵役がいれば」という条件を出し、そこでフック船長が生み出されます。そこでフローマンは遂に「ピーター・パン」の上演にOKを出すのです。
 劇作家バリにとって超えるべき壁であり、最大の理解者でもあり、現実主義者にして、夢を具現化するビジネスマンであるフローマンを武田信治は見事に演じていました。私は2009年に友人からチケットをもらって「ブラッド・ブラザーズ」を見ていて、その時はテレビ俳優の印象が強かったので、「ミュージカルやるんだ!」と思ったのですが、演技も歌も着実にステップアップし、円熟のミュージカル俳優になっていました。

子役とアンサンブルの充実は著しい

 『ファインディング・ネバーランド』に限ったことではありませんが、この10年くらい、アンサンブルと子役の技術力が飛躍的にアップしたのに驚き、感動しています。この公演、4兄弟みんな上手かったのですが、特に長男の腰永健太郎くん、プロフィールを見ると「第23回大阪国際音楽コンクール声楽部門ミュージカルコースジュニア第1位」出そうで、歌が抜群に上手かった!! 要となる三男のピーターを演じた小野桜介くん、父親の死を受け入れられず、喪失感を抱えたピーターを繊細に演じていました。歌声も澄んでいてキレイだった。ホリプロ・インプルーブメント・アカデミー在籍とあります。赤ちゃんから中学生までのタレント育成をしているそうです。

 アンサンブルではピーター・パンを演じていた塩川ちひろさん、身体能力が高くてびっくりしました。幼少期からダンスを始め、国際基督大学高等学部のダンス部を経て、日本女子体育大学で舞踊学を専攻されたんですね。

 アンサンブルが素晴らしかったので、滅多に買わないプログラムを二千円で買ってしまい、個々人の経歴を拝見したのですが、子供の頃からダンスをしている人が多いですね。最近は子供の習い事にダンスやボイトレが加わってますからね。ミュージカル俳優の層が厚くなって、底上げされているのを感じます。

『ピーター・パン』は子供たちに力を貸し続けている

 現実世界ではバリが後見人となった5人の子供たちには次々と不幸が襲い、バリの晩年は必ずしも幸せとは言えなかったのようですが、数々の栄誉を手にし、若手作家を育て、『ピーター・パン』に関わる一切の権利は小児病院「グレート・オーモンド・ストリート病院』に譲渡されたそうです。死後50年で著作権が消滅した際には、イギリス議会が特別法を制定して永久著作権を認めたそうです。人の命は有限ですが、バリと子供たちが生み出した『ピーター・パン』は生き続け、永遠に子供たちに力を貸しているのですね。  

プログラムには子役やアンサンブルのプロフィールも掲載されています

 



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