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宝塚『蒼穹のスバル』と演出家のセクハラ・パワハラ報道

『蒼穹の昴』のポスター。大階段を清朝の宮廷に見立てて使ったセットが豪華な大作でした

原田諒が演出した「蒼穹の昴」は豪華絢爛な時代大作


 12月25日(日)は宝塚歌劇団雪組公演「蒼穹の昴」の千秋楽でした。この作品は浅田次郎の小説『蒼穹の昴』を劇団の座付演出家・原田諒先生(宝塚では演出家を先生と呼ぶ)が舞台化したものです。舞台装置は松井るみさん。大階段を清朝の紫禁城内に見立てて使い、大道具も衣装も豪華絢爛な時代大作でした。制作費もふんだんにかけられていたと思います。

 私は小説の大ファンで、この小説が占い師の予言を軸にしたものであることから、以前のブログ「占エンタメシリーズ③ 浅田次郎『蒼穹の昴』 は嘘の予言で運命を切り拓いた少年の物語」でこの作品を取り上げています。また、原田諒先生の歴史物、伝記物のファンでもありました。

 大好きな『蒼穹の昴』が宝塚で舞台化されると聞き、大興奮!! 生の舞台を1回、新人公演のライブ配信、そして千秋楽をライブ配信と、合計3回見ているのですが、仕事に追われ、ブログを書けないままでした。ところが、今日、原田先生がセクハラで公演中に担当外され、親会社の阪急電鉄に異動処分になったとの文春砲を目にして仰天。前代未聞の事件なので、私なりの考えを書いておこうと思いました。

 原田先生は報道もされているように、宝塚の数ある演出家の中でも度重なる受賞歴のある、外部での評価の高い先生です。宝塚で王道の恋愛物より、伝記物やギャング物など、硬派なものが得意だったので、ファンの間では好き嫌いが別れてはいましたが、私は好きでした。まあ、恋愛を描くのが苦手だったので、ご自身の愛情表現?も稚拙で、セクハラになってしまったのかもしれません。この『蒼穹の昴』でも残念ながら、主人公梁文秀と西太后の姪、ミセス・チャンの悲恋は描かれず、宝塚なのに恋愛要素ゼロの作品になっていました。

原田先生の受賞歴
・第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞(2013年)-「ロバート・キャパ 魂の記録」「華やかなりし日々」の評価により
・2012年ミュージカル・ベストテン 演出家賞(2013年)-「ロバート・キャパ 魂の記録」「華やかなりし日々」の作・演出に対して
・第24回読売演劇大賞 優秀作品賞(2017年)-「For the people-リンカーン 自由を求めた男-」 第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞(2017年)-「For the people-リンカーン 自由を求めた男-」の評価により
・第43回菊田一夫演劇賞(2018年)-「ベルリン、わが愛」「ドクトル・ジバゴ」の脚本・演出の成果に対して 第75回文化庁芸術祭賞 演劇部門優秀賞(2020年)- 宝塚歌劇 月組公演「ピガール狂騒曲」の成果に対して
・第75回文化庁芸術祭賞 演劇部門新人賞(2020年)- 宝塚歌劇 月組公演における「ピガール狂騒曲」の脚本・演出に対して
・第28回読売演劇大賞 優秀演出家賞(2021年)-「ピガール狂騒曲」の評価により  

脚本と演出を兼ね、大きな権限を持つ宝塚の演出家


 宝塚の演出家は、大きな権限を持っています。通常、日生劇場とか帝国劇場のような大箱でかかる作品は、脚本家が別にいて、演出家は純粋に演出をするだけです。ところが、宝塚は演出家が脚本を書き、作詞もし、生徒への演技指導をし、舞台装置や衣裳などのイメージも含め作品の総指揮を執る、クリエイターで総監督でプロデューサーのような存在です。さらに、ミュージカル作品とショーの両方を担当する先生もいて、歌や踊りに関する知識や造詣も求められます。演出家であっても、ダンスのレッスンに出たりするのはそのためです。

宝塚は音楽学校も入団してからも、上下関係の厳しい軍隊のようなカルチャーを維持している今どき珍しい組織です。これは想像ですが、おそらく演出家もデビューするまで、演出助手として先輩の先生たちから理不尽な要求をされ、夜もロクに眠れないような下積み時代を過ごしているのではないでしょうか。

原田先生の場合、2003年に入団してから2010年に宙組宝塚バウホール公演『Je Chante(ジュ シャント)-終わりなき喝采-』で作・演出家としてデビューするまで、7年間の修行時代があったわけです。生徒は研7、つまり初舞台に立ってから入団7年目までは新人公演と言って、本公演とほぼ同じ内容を若手だけで演じる公演に出られて、本公演より重要な役をもらえます。演出助手はその新人公演の演出を担当して力をつけるのです。

個人を超え、宝塚歌劇団という組織のカルチャーの問題

この修行時代が恋愛する時間もないほど忙しく辛い時間を過ごし、師匠である先輩の演出家に厳しく指導=罵詈雑言を浴びせられていたとしたらどうでしょう。その大先生の立場に立ったとき、自分がされたのと同じことをやるか、あるいは、自分が嫌な思いをしたのだから、絶対にやらないと思うか、人はこの2つの選択肢のうち、どちらかを選ぶのではないでしょうか。残念ながら、原田先生は前者だったのだと推察します。もしそうだとしたら、それは原田先生個人の問題を超えて、宝塚歌劇団という組織の風土、カルチャーの問題ではないでしょうか。

私はライターもしていますので、様々な会社を取材してきましたが、一般企業の営業所長さえ、「私が若い頃は所長に灰皿を投げつけられて怒られましたが、今は時代が違います。そんなことをしたら、若い人はやめてしまう。ですので、論理的に話をし、納得感を得ることで、行動を変えてもらうようにしています」と語っていました。  

世界で唯一無二の宝塚だから居続けたければ耐え忍ぶしかない

今の時代、一般企業なら、セクハラやパワハラをされたら、3年以内にさっさと辞めてしまう若者が多いのです。ところが、宝塚は20倍以上の競争を潜り抜け、タカラジェンヌという栄冠を死に物狂いで掴み取った乙女たちの集団です。世界に宝塚は一つしかありません。その舞台の片隅でも良いから立ちたいと、熱望して入団したら、パワハラ・セクハラを受けても、じっと耐え忍ぶしかなく、演出助手にしてもそういう人が多いのではないでしょうか。

ですが、それは2つの意味で間違っていると思います。まず、宝塚歌劇団は女性だけが舞台に立てる劇団です。たとえ世間はまだ男尊女卑が残っていたとしても、ファンは宝塚の舞台で男役が堂々と振る舞う姿を見て溜飲を下げ、解放された気分になるのです。その劇団の演出家が女性の演出助手に対して、セクハラ・パワハラするというのは、ファンに対する裏切りに他なりません。  

ハリウッドで#MeToo運動が巻き起こる時代に宝塚は「鎖国状態」

もう一つは社会の変化です。ハリウッドでさえ、「恋におちたシェイクスピア」などのヒット作を生み出した有名映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインがセクハラで告発され、刑務所に入っているのです。このことがきっかけとなり、#MeToo運動に火がつきました。宝塚の大半の観客はもう専業主婦やマダムではなく、働く女性なのです。そうでなければ、高額なチケットを買って、何度も劇場へ足を運ぶことはできません。リンカーン、グスタフ3世、ロバート・キャパ といった偉人を描くのが得意だった原田先生も、歌劇団の上層部も世界の潮流に疎く、「鎖国状態」だったということでしょう。

残念な行動で宿命を変えてしまった才能ある演出家

「蒼穹の昴」のテーマは「宿命は変えられる」でした。占い師・白太太(パータイタイ)が皇帝に支えて大臣になると予言した梁文秀は最後に失脚し、嘘の予言と知りながら、死に物狂いで宦官となった春児は、西太后の側近となって、彼女のお宝を手中に収めます。

「人間の力をもってしても変えられぬ宿命など、あってたまるものか」。この春児の言葉を胸に刻み、大学三年生の春、宝塚歌劇団の採用試験を受けたという原田先生。皮肉にも、その「運命を感じた」作品を最後に、宝塚歌劇団を公園の途中で去ることになってしまいました。

 原田先生の「己が心の昴」は、受賞歴多数の演出家という名声とともに、輝きを失ってしまったのでしょうか。  
宝塚ファンとして、原田ファンとしても、残念でなりません。

東京宝塚劇場のクリスマスツリー
東京ミッドタウン日比谷のロビーもクリスマスしてました

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