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聴覚過敏への対処法

「突然の音にびっくりして動けなくなる」

「周りで音がしていると気が散って集中できない」

「運動会のピストルの音が怖い」

「赤ちゃんの泣き声が苦痛で我慢できない」

このような音に関する困りを抱えている人は少なくないと思います。
特に、僕が専門に関わっている自閉スペクトラム症(ASD)の当事者の方は、聴覚過敏を持っていることが非常に多いことで知られています。ある研究ではASD者の77.6%が聴覚過敏を有していると報告されています(Tomchek&Dunn 2007)。

僕はASD者の感覚に関する困難と対処法について研究している作業療法士ですので、研究の結果からも聴覚の過敏さによって困っている人が非常に多いことを感じています。

何度か書いたことがありますが、僕の弟はASD当事者です。イヤーマフが手放せないほど強い聴覚過敏を持っています。弟を見ていると過敏さというのは我慢でどうにかなるレベルではないことがよくわかりました。

また、僕自身も聴覚過敏傾向があって色々と対策しています。ASDの有無に関わらず聴覚過敏で大変な人はいると思うので、少しでも役に立てれば良いなと思って筆を進めております。

本記事が困っている方が少しでも楽に過ごせる一助になれれば幸いです。


神経学的な問題である

前提として、多くの場合、感覚過敏の人にとって辛い刺激というのは、困難を持っていない人にとっては気にもならない刺激です。

そのため、周囲からは「わがまま」「みんな大丈夫なんだから我慢すればいい」
と思われてしまうことがあります。

しかし、ASD児は定型発達児と比べて小さな音でも不快に感じることや(Khalfa et al. 2004)、音に対する慣れが生じにくいこと(Guiraud et al. 2011)が明らかとなっています。

これらの研究は聴覚過敏が「我慢が足りない」といった根性論で解決するものではなく、実際に神経処理のプロセスが異なるために過敏さが生じている可能性を示しています。

しかし、現時点では神経自体を変化させて過敏反応を直接的に治す確実な方法というのは見つかっていません。そのため、現時点で最も重要なのは二つです。

・本人と周囲が過敏さについて理解すること
・有効な対処方略を見つけること

このnoteでは、有効な対処法を見つけるためのきっかけになるような情報をお伝えできればと思っています。

日常生活場面で使う際には様々な問題が絡み合うことになります。
そのため、目的に沿って自分に合うものを個別的に探すことがとても大事です。



具体的な対処法について

主な対処法としては
・直接的に苦手な音が入りにくくする
・間接的に過敏を軽減する(見通しを立てて不安を軽減する、など)
があるかと思いますが、ここでは「直接的な」対処法についてご紹介したいと思います。

・避ける

「その場に行かない」「時間帯をずらす」のように、時間的・空間的に苦手な刺激を避けることが出来れば、当然過敏反応は起きません。現実的には全ての刺激を回避することは不可能ですが、何が苦手なのかを正しく理解していれば、嫌な刺激に遭遇する回数を減らすことができます。

例えば人混みが苦手な人は、少しだけ人通りが落ち着いた時間帯を選んだりする事が有効かもしれません。また、通学路に苦手な犬がいる場合、別のルートを使うといった配慮が必要なこともあるかと思います。

また、安心できる空間を用意しておき、家や学校で苦手な音がした時にはその場所に入って心を落ち着けることが有効な場合もあります。

学校ならパーテーションや段ボールで区切られた空間を用意しておくと、クールダウンにも使えて効果的かと思います。職場で一人になれる空間がない場合などには、トイレに入って落ち着いてから戻るようにするなど、自分なりに刺激を避けられる方法を考えておくと良いでしょう。

・耳を塞ぐ 


何かしらの方法で耳を塞ぐことで、そもそも嫌な刺激の音量を下げる方略です。耳栓やイヤーマフ(工事現場や射撃などで使われるもの)がよく使われます。これは単純に音量を下げるという点では非常に役立ちます。所属研究室からも聴覚過敏に対するイヤーマフの効果を示す研究が報告されています(Ikuta, et al. 2016)。

ただし、見た目がヘッドフォンに似ていますし、普段からつけている人が少ないため、周囲が不思議に思うこともあるかもしれません。そのため、職場や学校などの理解が不可欠です。イヤーマフや耳栓を使うことは重要な合理的配慮です。

時々道具に頼らず慣れるべき、という意見も聞きますが、僕は反対です。
先ほども説明したように慣れが生じにくかったり、大きい音に痛みを感じるなど過敏のない人とは違う感覚だったりする可能性があるので、自分の感覚を押し付けずに必要な配慮を取り入れることが重要です。

もちろん、付けていないと不安という状況が非常に強くなっていると簡単にはイヤーマフを外せなくなり、皮膚がかぶれるような弊害が出ることもあるかもしれません。その場合には外せる時間を作るというのも大事な支援となることがあります。

ただし、本人が安心感を持って過ごすために必要なツールである、という理解は忘れてはいけないと思います。

・音をかぶせる

別の音を流すことで、苦手な刺激に注意が向きにくくなったり、相対的に音量を下がったりすることがあります。例えば音楽プレイヤーで好きな音楽や自然音を流すことが有効な場合があります。

当事者の方の中には、ラジオのホワイトノイズをスピーカーで流しておくと落ち着く、と話していた人がいました。自然音やホワイトノイズというのは非常に広い周波数の音が同時に鳴っているものなので、周囲の音がより効果的にマスキングされるのかもしれません。

また、ノイズキャンセリングヘッドホンの使用が効果的な事があります。これはエアコンの室外機やざわざわした反響など、周りの環境音を打ち消してくれるものです。常になり続けている音には非常に効果的ですが、突然の音には弱いです。

突然なる花火や雷の音などが苦手な人には合わないこともあるので、適応を見極めることが大切になります。

(ただし、最近は技術的な進歩で随分と幅広い音をノイズキャンセリング出来るものも販売されているようなので、店頭で試してみるのが一番かと思います)


ここまでは基本的な対処法の方向性について書きました。人によっては当たり前の内容ばかりだったかもしれませんが、今までどう対応していいかわからなかった方は、しっくり来た方法を試してみてください。

ここから先はより効果的な方法と自分で模索したtipsについて紹介したいと思います。


曲間のブランクという罠

先ほどは普通に音楽を聴く方法を紹介しました。
しかし、音楽を聴くのでは不十分だ、と話す当事者の方がいました。
理由は簡単です。曲と曲が変わる間に無音の時間ができてしまうからです。

曲間のブランク自体は一瞬ですが、毎回その時間が来ることが不安だと感じる方もいるかと思います。もちろんその時間は周りの音が聞こえて辛いと感じる場合もあるでしょう。

そういった方に効果的なのが「静かな空間」というアプリです。

好きな自然音や環境音を時間指定で聞くことができます。

複数の音を組み合わせて流しておくと、広い音域がマスキングされて周囲の音が聞こえにくくなります。僕自身、環境音に引っ張られて注意が途切れやすかったのですが、作業をするときにこれを使うことで集中して取り組めるようになりました。

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使用画面としてはこんな感じ。各音源の音量調整もしやすいし、左上のタイマーを使えば時間も調整できて良いです。もちろん、ずっと音を流し続けることもできます。どんな音がいつまで入ってくるのかコントロールしやすくなるので、非常に楽に過ごせる場合があります。

やはり環境のコントロール感というものが大切なのだと感じています。
自分で選択的に入力される感覚刺激をコントロールできれば、心理的な安定も相まって効果が高まる可能性があります。

このアプリ、少なくともiPhoneでは快適に動作しました。
他にも色々なアプリがあるので「環境音 アプリ」などの検索ワードで探してみてください。


単純に音量を下げるだけで良いのか?

もちろん、イヤーマフなどによって音量を下げるだけでも効果的な場合が多いです。しかし、音量の低下によって別の弊害が引き起こされることがあるようです。

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これはある当事者の方から説明された内容です。
音の種類を快・普通・不快に分けて、音量の総量を300と仮定した図だそうです。

3種類の音が均等に聞こえる場合、不快な音量が下がれば過敏には効果的ですが、逆に心地いい、もしくは特に影響のない音を中心に音量が変化すると、総体的に不快な音量が大きくなり、注意が向きやすくなってしまうとのことでした。

つまり、単純に音量が小さくなれば過敏反応は軽減されるというものではなく、苦手な音をいかに効率的に小さくするか、もしくは注意が向かないように工夫するかが重要であるということです。

このように、相対的に苦手な音域が浮き彫りになってしまい、逆に注意が向きやすくなってキツいと感じる人の場合、どの音は大丈夫でどの音が苦手なのかによって、効果的な道具は違ってくると言えます。

例えば「突然の音に非常に驚き、痛いと感じる」タイプの人がノイズキャンセラーを使っても、一番苦手な急な音を防ぐことができません。人の叫び声や花火の音のような瞬間的な音を打ち消すことは技術的に難しいからです。また、他の環境音が小さくなっている分、その苦手な刺激がくっきり聞こえてしまう可能性もあるかもしれません。このような人の場合、イヤーマフで音量そのものを小さくしたり、密閉性の高いイヤホンをつけて音楽をかけておくことが効果的かもしれません。

反対に「常になっている環境音で注意が散って辛い」タイプの人の場合、イヤーマフをつけることで音量自体は下がりますが、日常生活で支障が出る場合があるかもしれません。例えば車が迫っているのに気づかなかったり、ずっと付けていることで汗で皮膚がかぶれたりすることがあります。このような人の場合、単純な環境ノイズを減少させてくれるノイズキャンセラーが非常に効果的でしょう。


具体的なグッズ紹介

それぞれの用途で、実際に使ってみて推奨できそうなのが以下のものです。
買いやすいところで買ってくださいね!

密閉性の高いイヤホン:SHUREシリーズ SE215

音楽好きはご存知、SHUREです。歌手がステージで使うマイクやイヤーモニターを作っている会社でもあるので、作りがしっかりしています。これを付けるだけで外の音がかなり小さくなります。道路を歩くときはちょっと危ないくらいかもしれません。

また、これはイヤホンケーブルを交換できるので、一度買うとケーブルの断線で全てを買い替える必要がない点も良いですね。

ノイズキャンセリング:BOSE, SONY
BOSEのヘッドフォンはノイズキャンセリング能力が非常に高く、愛用している人も多いようです。僕は知り合いから借りましたが、背景ノイズはかなり消える感覚がありました。ヘッドフォンを外したときに周囲のうるささに驚きます。

また、SONY製品も優秀です。比較的安価なものを載せておきます。


イヤーマフ:これは色々な種類があります。締め付けがきつすぎないか、十分に遮音性が高いかなどを軸に、色々と試してみるのが一番です。

他にも良いものがたくさんあると思いますので、デザインや価格など、合うものを検討してみてください。(以下、続報です)

終わりに

僕が研究や実践の中で見つけたことや教わったことをベースにお伝えしましたが、困難さは人それぞれですし、正解はありません。それでも、対処の手段を知っておくことや、様々な困難さがあることを理解しておくことは、どの場面においてもプラスになると思います。

みなさまが少しでも心地よく日々を過ごせることを願っています!


引用文献

Khalfa S, Bruneau N, Rogé B, Georgieff N, Veuillet E, et al. Increased perception of loudness in autism. Hear Res. 198(1-2): 87-92, 2004.

Guiraud JA, Kushnerenko E, Tomalski P, Davies K, Ribeiro H, Johnson MH. Differential habituation to repeated sounds in infants at high risk for autism. Neuroreport. 22(16): 845-849, 2011.

Ikuta N, Iwanaga R, Tokunaga A, Nakane H, Tanaka K, Tanaka G. Effectiveness of Earmuffs and Noise-cancelling Headphones for Coping with Hyper-reactivity to Auditory Stimuli in Children with Autism Spectrum Disorder: A Preliminary Study. Hong Kong J Occup Ther. 28: 24-32, 2016.

Tomchek SD, Dunn W. Sensory Processing in Children With and Without Autism: A Comparative Study Using the Short Sensory Profile. Am J Occup Ther. 61(2): 190-200, 2007.

今後の研究活動と美味しいご飯に使わせていただきます!