褒められるということ

私はとにかく自己評価が低い。

いつからだろうか、こんなに自分に自信がなくなったのは。昔から可愛い同級生と比べたり、頭が良い子と比べたり自分が劣っていると思っては凹んでいたり、やってみたいこととかを諦めてきたりした。

それでも、親や友人から自分の描いたイラストや作ったものが褒められると、素直に嬉しくて、もっと可愛い自分らしいものをかけるようになりたいと思えていた。

大人になってからもそれは変わらず、仕事をしていても未だにこれでいいのかな、と考えては不安になることが多々ある。デザイナーという仕事に就いているため、社内がほとんどだが、人と話すことが多い。そもそも、デザイナーになりたいと思ったのは、人と話すことが苦手だからなのに、本末転倒もいいところだ。

20代後半で転職をしたが、結局それまでと同じように、インナーデザイナーとして企業で自社製品のチラシを制作する仕事に就いた。その時も、デザイナーをやめようか迷ったが、これ以外にできる仕事が思い当たらなかった。しかし、デザイナーが自分の転職だと感じたことは一度もない。繰り返してきた業務の中で、なんとなくこなえるやり方を身につけただけだ。

上司は良い人も相容れない人もいて、毎日がなんとなく過ぎていく。

大人になって、褒められても疑うようになってしまった。この人は本当に私の案を良いと思っているのだろうか。私を都合よく動かす為に適当に言葉を連ねているのではないだろうか。本当は良くないけど、時間がないから、もういいや、と思われているのではないか。そうやって疑い始めると、自分の作っているものに全く自信がなくなってきた。

あんなに嬉しかった褒められるという甘い優しさが、ともすればバカにされてるんじゃないかという不安さえ煽るようになってきた。

なんとなくこなせているけど、ベストじゃないのではないだろうか。私以外の人が担当すれば、もっと良いものを短時間で提案できるのではないか。そう考えると、自分の意見を言うのも怖くなり、無難な意見しか出せなくなる。

自分がひねくれているだけだとは解っている。でも、怖くて仕方がない。人にどう思われてもいいやと思いながら、外してる人と思われるのが怖い。1人でいいやと思いながら、できるだけ人の輪に馴染んでいたい。矛盾だらけだ。そんな人間に相手が当の言葉だけをかけてくれるはずがない。

何も考えずに疑ったりせずに、褒め言葉を素直に褒め言葉として受け取れるようになりたい。シンプルになりたい。何に自分が怯えているのか。解っているけど、そこから抜け出せずにいる。怖いものなど何もないと心から言いたい。

その方法がさっぱりわからないけど、早く、この心持ちから抜け出したい。

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春見チカコ

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