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自分をどう呼ぶか

ぼくは、この「道草のススメ」で、いつも、ぼく、と言っている。

わざと、そうしているのだが、なぜかと問われると、困ってしまう。

フォーマルな場では、私、と言うことが多い。

時と場面によっては、おれ、とも言う。

関西にいた頃は、よく人が、じぶん、と言っているのを聞いた。最初は妙な気がした。でもいつからか自分でも使うようになった。私は、と言うところを、じぶんは、と言うのである(と思うけど、どうか)。

ぼくの故郷・鹿児島では、おい、と言う(方言である)。私は、おい。あなたは、わい(丁寧になると、おまんさあ)である。でもいまのこどもたちは言わないかもな。ぼくのこども時代にも、こども同士では、言われてなかった。

広島あたりではこどもたちも自分のことを、わし、と言うと聞いた。幼稚園で「そこはわしのすなばじゃけえ」と言っているこどもたちの話を最初に聞いたときは妙に面白かった。

その、一人称が何になるかによって、ことばの感じが変わる。話の内容もそれに影響を受けているはずだ。と考えると、面白い。

相手をどう呼ぶか──相手をどんなふうに感じるかについても、同じようなことが言えるんだろう。

この話はまた。

(つづく)

「道草の家・ことのは山房」のトップ・ページに置いてある"日めくりカレンダー"、1日めくって、3月3日。今日は、雛人形の話? ※毎日だいたい朝に更新しています。

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