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"ありふれたもの"との出会い

東京ステーションギャラリーで開催中の吉村芳生展「超絶技巧を超えて」を観た(1/20まで。それから広島、京都、長野に巡回するらしい)。

吉村さんは2013年12月に63歳で亡くなってる。だから今回は回顧展になるが、おそらくごく一部の美術ファン以外には無名でしょう。今回の展示にかんしては、美術手帖のウェブサイトにある記事が丁寧なので、そちらを読んでもらうとして、ここでは個人的な感想文を書きます。

ぼくが吉村芳生の絵と出会ったのは2017年2月、今回と同じステーションギャラリーで「オープン・ウィーク ひらかれた美術の9日間」という所蔵作品展をやっていて(企画展ばかりのギャラリーなので珍しい)、そこで今回も展示されている「SCENE 85-5」を診た。

※これはその時、撮影OKと言われて撮ったもの。今回の展示会場は撮影NG。

写真… ではない。よーく見ると、鉛筆画らしい。いわゆるアメリカのスーパー・リアリズムというのとも違う。なんか変だ。写真だとすると、画面全体に不思議な"ブレ"がある。その時、近くに吉村さん(画家)自身のことばが紹介されていて、こう書いてあった。

「私の作品は、誰にでも出来る単純作業である。…私は小手先で描く。上っ面だけを写す。自分の手を、目をただ機械のように動かす。あとはえんえんと作業が続くだけである。」

なんだか、面白い。「単純作業」「小手先」「上っ面」、いま何となく「良いイメージ」を持たれないようなことばを、あえて使っている。

ではどうやって描いたの? と思ったら、それも(吉村さん自身のことばではなかったと思うが)解説してあった。

画面全体に小さなマス目を描き(つまり方眼紙のようにして)、もとになる写真をもとにそのマスを埋めてゆく、とか何とか書いてあった。

なんじゃそりゃ?

と、まぁその時は思って帰ったが、なぜか、ずーっと忘れられなかった。

だから今回、ステーションギャラリーで個展がひらかれると知ってとても楽しみだったが、何だか怖いものを見るような気もしていた。

今回、観ることができて、驚愕しているというか、呆れているというか、距離のとり方に戸惑っているというか、そんなことを感じ、考えた。

まだ、感じていることのほとんどが、ことばにならない。できないような気がしている。

でも少し書いて(メモして)おこう。

ひとつには、「手作業」の面白さ、美しさがある。

唐突な比較になるかもしれないが、エル・アナツイの展覧会に行った時に、彼の工房を映像で見たことがあって、作業している人たちは作品のことなんか考えておらず、アルバイトみたいな感じで来ていて、坦々と缶を潰したり織り合わせたりしていた。

エル・アナツイの"織り物"は、空き缶や空き瓶の蓋や、瓶の首を覆っているシールなんかを使って(再利用して?)つくられている。いわば、"ありふれたもの"だ。

吉村芳生の絵には、あそこまでのダイナミックさはないが、"ありふれたもの"に関心が向かっているという点では同じかもしれない。

"ありふれたもの"に出会っている。出会い直しているというか… 繰り返し出会っている。

ぼくも、その"ありふれたもの"に、繰り返し出会っている。

彼らの作品は、その導き手の一部になってくれている。

それから、吉村さんは写真への興味がすごく大きかったのだと思った。

絵のもとになった写真自体は、今回ほとんど観ることが出来なかったが、絵から感じられる「なんか変」ということは写真からは、あまり感じられない。

写真も、彼にとっては、"ありふれたもの"──平凡なもの、だったかもしれない。

しかし、平凡さを追い求めれば、追い求めるほど、それは非凡になる。そんな面白さもある。

晩年(といっても63歳で亡くなっているのだが)に描かれた色鉛筆による大きなサイズの絵、とくに、3.11後に描かれた「無数の輝く生命に捧ぐ」と、3.11の前年に描かれた「未知なる世界からの視点」は、俯瞰して見ると、これが同じ画家の絵か… と思いつつ、圧倒される。

膨大な枚数になる"新聞と自画像"の作品群は、2009年以降のものが多くて、今回ぼくは他人事のように見れなかった。

個人的なことを言うと、ぼくが"勤め人"の生活を諦めて、再出発することになった("勤め人"を諦めてなかった最後の)年が2009年で、その時のさまざまなニュースが描かれた新聞の上に浮かび上がる彼の"自画像"は、何というか、"ぼくの姿"のようにも感じられるのだった。

あの作品群を、冷静に、少し離れて楽しめる(?)ようになるのは、いつになるだろう。

そんな"生きている作品"を、観ることができる喜びもある。

(つづく)

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