オトナのための文章教室②

綜合デザイン研究所(吉祥寺美術学院)のアトリエではじめた「文章教室」の2回目、参加者は4名。今回から前もってお題が出ていて、全員が何かしらのものを書いてきた。そのお題は──「こだわり」。書いてきたものを読み合いながら、「こだわり」をめぐって、いろいろ話す。

事前にぼくは「こだわり」を「どうしても忘れられないこと」とか「ずっとひっかかっていること」なんて書いたのだが、人によってその捉え方はちがう。

「こだわり、よく考えたら自分にはないかも…」と言い出す人もいる。

そもそも「こだわり」とは何だろう? とか、これから何にこだわってゆこうか? と考える人もいる。

しかし何かを書けば、そこにはその人なりの、「こだわり」が出るものだ。こだわろうと思ってこだわるというよりも、自然に出てしまう。

極端なことを言うと、ここで自分はこだわらないぞと思う、その姿勢の中にもこだわりがあるわけだ。

読みながら、ぼくはぼくなりに感じたことを素直に(できるだけ素直に)話すし、目についたことばをピックアップして、──それは単語だったりフレーズだったりする──書くうえでの考え方や、アイデアや、感覚的なことを話したりもする。

ぼく自身も毎週、書く。参加する人たちに、読んでみて、と。

今回は、知的障害のある人たちの「支援者」が言うところの「こだわり」。アルコールや自傷行為にこだわる人の話。自分自身の「こだわり」をリストアップしていくと、まずは「吃音」のこと、「声」へのこだわり、「文学」にはさほどこだわっていないようだが…(しかし…)という話、仕事にたいするこだわり、家や、土地にたいする愛着、過去へのこだわり、夢と現実、書くことへのこだわり、などを書いた。タイトル、今回は文中から引いて「いつも何かショックを受けている」にした。400字で計算すると7、8枚くらいのエッセイ。そのうちまた小冊子をつくるときには入れるかもしれない(入れないかもしれない、まだわからない)。

「教室」で話していると、脇道へ逸れることも多くなると思うが、それにかんしては触れない(おもしろい話が多いから…その場で共有する話をたくさんもっておきたいから…)

いろいろ考えて、次回(2/16)は、「風景を書く」にした。

表現としてのことばを、もっともっと感じて、育ててゆきたいと思っている。そしてこの「教室」は、いわば「文章修行」の場になりそうだ。

「修行」で楽をしていても仕方がない。苦しいこと(?)に向かってゆこう。書きにくいことを書こうということ。

何を書くときに難しさを感じるか… という話をしていたら、いろいろな意見が出た。

ひとまずぼくは、小説でも随筆でも、作家の力量が出るのは、やっぱり「風景」を書くときじゃないかと思う。と、話してみた。

小川国夫さんは「文章には説明と描写があります」と若い人たち(我々だ)に向かってよく話していた。描写を考えるとき、感覚が重要になってくるが、「風景」を書くときにはあらゆる感覚が使えそうだ。

まとまった文章でなくていい。断片(文章の切れ端)でいい。実際の風景でも、思い描く風景でも、写真や絵で見る風景でも、何でもいいので、感覚を働かせて、思いつくままにペンを動かして(あるいはキーを叩いて)みよう。

なお、何も書いてなくても参加はできます。ご興味ある方は1回だけでもお気軽に。その「オトナのための文章教室」にかんしては、こちらをご覧ください。4月までは毎週開催。毎週やることに価値がある、と思って、のんびりやってます。

「「こだわり」をめぐって」の翌朝、石牟礼道子さんの訃報が入ってきた。90歳。小川国夫と同じ歳だったんだ… と知る(小川さんは今年の4月で没後10年になる)。持っていた石牟礼さんの本を一冊選んで出してきて、読んでいる。「声」の作家と呼びたい人だけれど、素晴らしい「風景」もたくさん書いてる。2/16の「教室」では、石牟礼さんの文章を少し朗読してみたい。

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アフリカン・スクラップ・ブック

あのアフリカとはあまり関係がない個人的出版レーベル「アフリカキカク」の雑記帳。
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