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"完成させる"ということの先へ

昨日の、久しぶりの『アフリカ』入稿を経て、昨夜はよーく眠った。やっぱりそのことにかんして疲れはいろいろあったようで、昨夜はここのところ味わったことのない深い眠りがあったような気がする。"完成させる"ことによって、救われる何かがあるわけだ。かかわってくれている全ての人たち、そして未来の読者に支えられて。

やろうと思ったら、とりあえず始める、ということ。そして、始めたら、とりあえずの"完成"までやる、ということ。それを心がけている。したがって、何らかの妨害があり、それができないと、ぼくは苦しくなる。

どんな失敗作でも、始めることができて、完成させたら、その次がある。どんな場合でもそうなるかどうかはわからないが、そんな気がする。

どうすれば"完成する"のか?

そんなの簡単なことじゃないか。〆切を決めて、その〆切にむけてできることをやり、進めたらいいのだ。

進めていれば、いつかは終わる。

あたりまえといえばあたりまえのことだ。そのあたりまえのことが、できればいい。しかし…

たとえば、ぼくが『アフリカ』のことを何もわかっていなくて、執筆者はじめ関わってくれる人たちに、ただ「やってください」と言ったところで、誰もついてこないだろう。

これが、たとえば行政の広報にかんする仕事だったとしたらどうか。悲惨な状況ではないか。

ぼくは、ぼく自身が『アフリカ』をつくる当事者なので、つくれるのだ。それも、あたりまえじゃないか、と言われるかもしれない。だが、この社会で、それはあたりまえではないのである。

何かをつくる主体が、それを支える人を支えられない、という現象が各所に起こっている。

支えられないだけならまだいい。支えるということに関心がないと言ってもいいくらいである。自分がつくるのだという自覚がない、と言い換えてもいい。

ぼくはもうほんとうに疲れた。

でも、ひとつ"完成"させるということは、少しだけ、その、もう少し先までゆこうか、という気に、自分をさせる。

(つづく)

ようやく完成する『アフリカ』最新号について、とりあえず目次をアップしました。画像の表紙は作業中のもの(部分)。予約受付中です。

「道草の家・ことのは山房」のトップ・ページに置いてある"日めくりカレンダー"、1日めくって、7月2日。今日は、水たまりの話。

※"日めくりカレンダー"は、毎日だいたい朝に更新しています。

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