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惑星のかけら 2004

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どうして世界はこんなにも歪んでしまったんだろう・・・すべてのひとがしあわせに生きられる世界はどうすれば創ることができるんだろう・・・ 世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語… もっと読む
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記事一覧

惑星のかけら  001

 はじまりのはじまりのとき  暗い暗い、想像ができないほどとてつもなく真っ暗な  目を閉じても開けても、その違いのまったくないところにいた。  その時には目なんてものはなかったのかも知れない。  そのくらいところに、ずっとずっと長い間  気が遠くなるほどの長い間ただひとりでいた。  ある日、どこからか声が聞こえてきた。  “なまえ”を呼ぶ声が。   そのとたんに光がやってきて、その暗いところから連れだされた。    そして僕は僕になった。    暗闇以外のものを想像した

第1章 件名:念のために 添付ファイル:惑星のかけら 002

件名:念のために 添付ファイル:惑星のかけら  お願いがあります。このメールの添付ファイルを、絶対に見ないでください。ただ、もし私になにかがあったとき、その時はこれをあなたに託します。  大丈夫だったとき、といってもそれは数時間後にわかることだから。あなたは、まだこのメールを受信さえしていないかも知れない。  その時はわらって捨てようね。  お願いだから、バカだなって、笑ってね。私もそうなることを願ってる・・・。 芳明の風景 受信BOX   出発の準備を終えてノートパソ

芳明の風景 名前のない少女    003

 運転しながらも僕は、彼女の送ってきたメールのことが気になって仕方がなかった。  彼女は飛行機に乗る直前にあのメールを書いたようだった。なぜわざわざ「念のため」だなんていう意味深なメールを送って来るんだろうか。あの添付ファイルにはなにが書かれているんだろう。  長い長い信号待ちの間、僕は助手席に置いてあったノートブックを開き、もう一度そのメールを見た。 「件名:念のために  添付ファイル:惑星のかけら  お願いがあります。このメールの添付ファイルを、絶対に見ないでください。

徹也の風景 SKA752便 那覇空港発関西空港行き  004

「那覇発関空行きの飛行機。多くの中から選ばれたこの機体」  その男は、極度に緊張しながら、これから乗り込もうとしているその飛行機を眺めていた。 「恐怖を感じるのは一瞬だ」  何度も何度も、呪文を唱えるように、自らに言い聞かせつづけてきた。「このミッションが無事に終わったとき、乗客たちはこの飛行機に乗り合わせたことを誇りとして感じるだろう・・・」 「徹也、あなたは神の手なのです。いつも、祈りとともにありなさい」  徹也の頭の中では、ある男の力強い声が響きわたっていた。彼がなに

芳明の風景 潮風  005

 高校を中退し一人暮らしをはじめた彼女は、いろんなバイトをしていた。両親がそれぞれに新しい相手を見つけて離婚してしまった後だったので、ていのよい厄介払いが出来た彼女の両親は結構な額の仕送りをすることで、親の仕事を果たしているようだった。親の問題に巻き込まれる事もなくなって、のびのびと一人暮らしを楽しみはじめた彼女は、金のためというよりは、自分にできることを捜しているというような真摯さでバイトに取り組んでいた。  僕はバイトで稼いだ金を全部旅につぎ込んで、世界中を放浪していた

FILE1 おわりのはじまり  006

 神の光かとみまごうほどのまばゆい光が天空でスパークした。  その光に魅入られたたくさんのいのちは、一瞬にして終わりのときを迎えた。  人間だけではなく、動物や植物や、地球上の数え切れない生命が、蒸気のように消え去った。    逃げ出す人々。叫び声さえも聞こえない。声を出すいとまさえなく、息絶えるいのち。  かろうじて生き残った人は塀を乗り越えて、周囲を押しのけて一目散に走り去る。  どこへいけば安全なのかなど、誰ひとりとしてわかってはいない。  ただ、本能の命じるままに、こ

FILE2 過去の扉 007

 淡いオレンジ色の光に包まれて、なにも身にまとわず、誰にも見られることなく、誰にも気をつかうことのない、あたたかい湯船の中のひとりだけの幸せな空間。  一粒のしずくが、浴槽の中の水に落ちる。その瞬間境界線はなくなり、しずくはしずくの形を失い、水となる。さらさらとした水の中に、私の目から出てくる水が溶け込んでゆく。どこかしら常に張っている緊張の糸がプツンと切れたのだろう。おどろく暇もなく涙は次から次へと溢れていった。  急に涙が出てきたのは、久々にお湯をためてゆっくりと湯船に浸

芳明の風景 驚愕  008

 空港へと続く道沿いに車を止めたまま、家を出る直前に聞いたニュースの中身をカーラジオでチェックすることも忘れて、僕はコンピューターの画面に映し出される文字を追っていた。時間は刻々と過ぎていったけれど、僕はそのファイルから目を離すことはできなかった。  軽い気持ちで読みはじめてしまったファイル。彼女が読むなとクギをさしている意味はこれだったのか。  彼女が名を捨て、家族を捨て、親戚を捨て、過去のすべてを捨て、僕さえも捨てようとした理由。そこには、これまで誰にも明かさなかったであ

徹也の風景 離陸  009

「今日はとてもいい天気だから、海も空もとてもきれいでしょうね」  離陸直前になって徹也の横の席に座った髪の長い女性は、窓の外を眺めながらうれしそうにそういった。通路側に座る彼女は、窓側に座る徹也の前に身を乗り出すようにして、彼越しに外を眺めようとしている。しばらく外を眺めたかと思うと彼女は、カバンからアップルのノートパソコンを取り出して熱心に見はじめた。 「あわただしい人だ」  そう思いながら彼女を見ていた徹也は、ふと彼女のことがかわいそうに思えてきた。  彼女はこれから起

FILE3 オレンジ色の空  010

 胸が苦しくて、その苦しさに耐えきれなくて、はっきりと目が覚めた。  目が覚めたというのに、まだ誰かの苦しんでいる声が聞こえてきた。  ・・・・い  ・・・やく  夢の中から、悪いものを連れて帰ってきてしまったんだろうか・・・?  ・・・しなさい・・・  苦しそうな声で私を呼び、なにかを告げようとしている。  誰?なにを言っているの?わからないよ。  声にならない声が、私を呼んでいる。でも、なぜなのか、誰なのか、何を伝えようとしているのかは、何もわからない。  目が覚め

徹也の風景 母  011

「ほんとうに大事なものは、お前の心の中に在るんだよ」  徹也が唯一愛し愛されたおばさんは、いつもそう言っていた。  父と母が離婚したのは徹也が12才の時だった。沖縄出身の母は徹也を生んだあと、馴れない東京の暮らしに疲れはてて、精神を病んでしまった。父はそんな母をあっさりと捨て、泣いてすがる母から徹也の親権を奪うと島へ追い帰してしまった。しかし1年もたたないうちに、そう彼が13才になって間もない頃、父はふたりで暮らしていた家から突然いなくなってしまった。  ある朝、父はいつ

FILE4  逃避  012

「人が死ぬところを見せてやろうか?」  両肩をすごい力でつかんで、そいつは私を引き寄せた。すぐ目の前に、そいつの顔があった。まっすぐに私を見据える両の目は、私の目を通り過ぎて、私の内側をのぞき見ていた。位置的にはあっているはずの視線が合わないことにも恐怖を感じ、私のなにをのぞき見られているのかと思うと、ぞっと冷たいものが身体を駆け回った。  ひきずられて、暗いところへ連れて行かれそうで、こころの底から恐怖が込み上げてきた。 「ほら、あの部屋へ行くぞ。血にまみれた、あの僕らの部

FILE5 龍宮城へ  013

 細い月が見ていた。最後の旅に出た私を。  すべてを終わりにするために。なにも残さず、消え去るための地を求めて、私は南へ向かう船に乗っている。湿った暗い籠の中に閉じ込められ続けたような、そんな人生を締めくくるのには北のほうがお似合いかもしれない。けれど、私は南に向かった。  私はやっぱり狂っているのだ。ずっとずっと、子供の頃から、ずっと。 「世界が滅びる夢」だなんて、結局はただの自殺願望でしかない。今になってみれば、そう思う。いろんな街でいろんな人が死ぬ様を見つづけてきた。

徹也の風景 出会い  014

 希望の扉を開くには、希望のカギを探さなければならない。  でもね、そのカギはすべての人がこころの中でもっているんだよ。  ひとりぼっちになった徹也を、なんの血のつながりもないおばさんは家に招き入れた。彼女がどういう人生を送ってきたのか、徹也はなにも知らなかった。彼が知っているのは、あの日以降の慈愛に満ちた笑顔のおばさんだった。彼にはそれだけで充分だった。この人だけは、自分を捨てたりはしない。その安心感、ただそれだけで良かった。  おばさんの家にはたまに人がやってきた。たい