芳明の風景 潮風  005

 高校を中退し一人暮らしをはじめた彼女は、いろんなバイトをしていた。両親がそれぞれに新しい相手を見つけて離婚してしまった後だったので、ていのよい厄介払いが出来た彼女の両親は結構な額の仕送りをすることで、親の仕事を果たしているようだった。親の問題に巻き込まれる事もなくなって、のびのびと一人暮らしを楽しみはじめた彼女は、金のためというよりは、自分にできることを捜しているというような真摯さでバイトに取り組んでいた。

 僕はバイトで稼いだ金を全部旅につぎ込んで、世界中を放浪していた。そもそも、なぜ旅に出ようと思ったのか、そのきっかけを思いだすことができない。けれど、インド、アメリカ、タイ、ネパール、エジプト、トルコ、数えはじめるときりがないほどにさまざまな国を旅してきた。多くの街角で多くの人と出会ってきた。行きのチケットだけを買って、そこからはどこへたどりつくのかわからない、気ままで終わりのわからない旅。今までと少し違うのは、旅の果てに帰るのが自分の家じゃなくて、彼女の狭いお城になったことだ。

あのときも僕は旅に出ていた。何時間走っても風景の変わらない広大な砂漠を車でひた走った。ネイティブアメリカンの生きるワイルドな大地と空に抱かれて、ちっぽけな自分自身を見た。亀の島と呼ばれる、その広大な島でネイティブたちとともに暮らすうちに、ちっぽけな僕の中に存在している大きな光を発見したのだ。

 塩の吹き出る砂漠にひとりぽつんと立ち尽くした僕は、遠い日本にいる彼女のことばかりを考えている自分に気づいた。アメリカを横断する間中、荒野に浮かぶまるい月や砂漠に昇る朝日を見ながら、自分のこころに素直になろうと誓った。

 自動販売機もコンビニも行き交う車も、どこにも人影の見えないそんなところで。山々を赤く染めて沈む太陽を眺めても、深いグリーンの湖をのぞいても、どこまでも広がる草原の中にいても、僕はそばにいてほしい人のことを想いつづけていた。


 道はずいぶん空いていて、彼女への思いにふける僕にはちょうどいいテンポで車は走りつづけていた。思った以上に空港には早く着きそうだ。あとは関空へかかる大きな橋を越えるだけだった。
「あまりにも早く着きすぎたかもしれない。この先の公園で海でも見ながら少し休もうか」
 車を路肩に寄せて停車させた僕は、窓を開いて風を入れた。潮風が髪をなでてゆく。
「あと少し、ほんの少しで彼女に会える」
 空と海を見ながら彼女を想った。彼女の笑顔が胸を満たしたとたん、彼女のファイルが気になって気になって、いてもたってもいられなくなった。
 僕には笑顔しか見せてくれない彼女。このファイルには、なにが描かれているのだろうか。僕の知らない彼女の本心が描かれているのかもしれない。
 僕は「見ないで」という言葉を無視して、添付ファイルを開いてしまった・・・。

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