FILE 8 まんまる 022

 キヨさんとの暮らしはつつましくてシンプルなものだった。自然のリズムで暮らすキヨさんは、ほんとうの知恵を持つおばあさんだった。芳明がいつも教えてくれた世界中の先住民のくらしや受け継がれてゆく知恵と、キヨさんのそれは繋がっているものだった。
「お月さまのように、自然のリズムで暮らしていけば、なんの問題もなくなってゆくさ」

 キヨさんは毎日仏壇にお茶をあげ線香に火をつけて祈りを捧げていた。それだけではなく、あっちこっちの御獄とよばれる聖地にお祈りを捧げにいっていた。神社のように社が建てられていて奉られているところもあれば、道もないような山の中をひたすら歩いていったところにぽつんと存在しているような御獄もあった。そんなところに行くときのキヨさんは、とてもかっこいい。うっそうと茂る野草の中を、鎌を持って草をかき分けながら、導かれるままにゆっくりゆっくりと歩いていくのだった。
 お酒やお米や水を供え、お線香に火をつけると、キヨさんは正座をして小さな身体をもうひとつ小さく折り畳むようにして、祈りはじめる。
 キヨさんの行動の一部始終が興味深くて面白い。私はキヨさんにくっついては、それは何? あれは何? と子供のように聞いてまわっていた。
「キヨさん、そんなに一生懸命になにを祈っているの?」
「うーん、和合するようにだねえ」
「和合?」
「そう、神さまはこんな風に祈れとか、あんなふうにしろとかは何も言わないさ。
ただ和合を求めていらっしゃる。ティダはまんまるさーね」
「ティダって?」
「ああ、太陽のことを、沖縄の方言ではティダ、お月様のことをチチというわけさ」
「ティダ。きれいな響き」
「ティダはまんまるさ。そのティダの光を浴びて、すべての生命は育まれていくさぁ。愛っていうものは、まんまるなんだよ。人のこころも、まんまるが良いわけ。トゲトゲばかりだとさ、いっぱいぶつかって自分も相手も痛いさーね。
 人間がどんどん分裂して争いをする。だから、こころを痛めていらっしゃる。
 神さまの世界は戦争を望まない。沖縄の神さまは特にそうなんだよ。
 人が争いを越えて仲良くできるように。和合するように。おばあはその力になれるように、祈りをしているわけさ」
 キヨさんは神さまの声に呼ばれるままに、ポンコツ軽自動車を乗りまわして、いろんな場所に訪れては、祈りを捧げていた。ただひたすらに、大地にひれ伏して、樹々に敬意を払い、空に両手を伸ばして。
「新月と満月のその日、こころをおだやかに暮らして、地球とお月さまと話しをするようにしなさい。
 旧暦1日は、新月さね。それは、いろんな抱えてきた感情を手放して自分を空っぽにする浄化の日だよ。そして、それを越えて14日間かけて月は満ちてゆく。それは、実りの期間。いろんなことを吸収するわけさ。そして15日。月はまんまるになるでしょう。満月は昼間の太陽のように夜空を照らしてゆく。
 ほんとうは毎日それが出来ればいいさ、でもそれはとても難しいことだから、月に2回だけでもいい。そうやって自然の中に身を置けば、なにを悩む必要もないってことに、気づけるはずだよ」
 それは私が求め続けていたおだやかな日々だった。そしてそれはただのんびり暮らすことではなく、時には厳しい自然の中にも身を起き、自然と和合して生きるということなのだと、自分自身の身体で学びはじめていた。

 そんなある日、龍神様のほこらのある海が米軍の新しい基地の予定地にされてしまったというとてつもなく忌まわしいニュースが飛び込んできた。人が人を力で組みしいてゆく、子どもたちが陵辱される、そんなことが許される社会をなくすためになら、どんなことでもしたいと願った。そして、なにをしてでもあの海を守りたいと思った。
「人が争うのも、国が争うのも同じことさ。理由はどんなだって、人を殺すことがいいことなはずはない。そんなことは子供でも知っているさ。大人の頭はいつからおかしくなったかねぇ」
 キヨさんは普段は戦争のことを口にしたり、表だって反対運動をしたりはしなかったけれど、真摯に和合と平和を祈り続けるその背中がすべてを語っていた。
 私は芳明とともに龍神様の海にゆき、ただただ海と空を眺めながら、砂浜に座り続けていた。
 この美しい海に無骨な建造物を建てるなんて、人間はなんて愚かなことを考える生き物なのだろう。
「ねえ、基地がいるのは戦争の準備のためだよね?」
「うんそうだな。イザって時に沖縄は便利な場所なんだろう」
「アメリカが戦争をはじめると、沖縄から爆撃機が飛ぶんだよね。そして、子どもたちを殺してくんだ。なんで戦争が起こるんだろう」
「うーん、簡単にいえば戦争したいからだろ」
「なんで?誰が?それを願う人たちがいるってこと?」
「うん、いると思う。それは確実に」
「なぜ?」
「ひとつには、武器商人。それは金だよね。ひとつには、政治家。それは権力欲だよね。
 でもさ、想像を絶するのが、ファンダメンダリストだよ」
「ファンダ・・・?」
「根原主義とか原理主義とは呼ばれる人たちで、簡単に言えばハルマゲドンが起こるのを待ち望んでいるんだ」
「なにそれー?」
「例えばキリスト教ひとつとってみればね、聖書の考え方で終末の日が来なければ、魂の救済はない。タロットカードでも最後の審判といって天使がラッパを吹いているのがあるだろ。あんな風にこれまでに死んでいったすべての人たちが、その終わりの日には救われるという考え方だ。
 『ヨハネの黙示録』がその最大の予言書だよ。だけど、キリスト教だけじゃなくユダヤ教、イスラム教に共通して終末論と呼ばれる、世界の最後の日に選民だけが新しい天と新しい地の世界に導かれるという考え方があるんだ」
 芳明の話は私の想像を越えていた。どうして神を信じる人々が破滅を熱望するのだろうか。キヨさんの見ている世界のように、シンプルに人も自然も一緒に暮らすことはできないんだろうか。
「新しい天と地ってどういうこと? こんなにきれいな天と地をどうしようもないくらいに汚して、その上で徹底的に破壊をしたら次の天地が待っているなんて、なんて都合のいい考え方なの?」
 芳明も黙り込んでしまった。都会での日常さえも、忘れ去ったこの場所。この浜に座って海と空だけを眺めていると、そんな終末論の概念などまったくの異世界のように感じられた。その海が争いの道具をつくるために破壊にさらされようとしているのだ。
「ごめん、そのつづきを教えて。なんかさ、この場所でこんな話しをしてるのも意味があるのかも知れない」
「うん、そうだね。
 旧約聖書の中で一番重きを置かれるのが『創世記』で、この宇宙のはじまりから人類の誕生が描かれている。そして『創世記』からはじまった宇宙と人類の運命は、新約聖書の最後『ヨハネの黙示録』に書かれている。
 聖書に書かれているこれまでの予言はすべて成就されてきた。だから、黙示録も成就されなければならない。
 早く救われるためには、黙示録に描かれている世界が早くやってきてくれないと困るっていう考え方がある」
「そのために、環境を破壊したり、戦争を起こそうとしたりしているってこと?」
「簡単にいえばそうだ」
「狂ってる」
「うん、でもそれは狂信的カルトの教義じゃないんだ。困ったことに、アメリカの南部にすごい数の信者がいるんだよ」
 そんなのまったく理解できない、私は首を振って空を仰いだ。
「なぜそんな宗教が世界中で信仰されているんだろう」
「もちろん、聖書にもコーランにもタルムードにも、素晴らしいことも書かれているんだよ」
「けれど・・・。わけがわかんない。
 宗教って、一体何のために存在しているの?」
 私たちは龍神様のほこらに参拝して、この海がいつまでも美しいままであり続けられることを願った。


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春名尚子

惑星のかけら 2004

どうして世界はこんなにも歪んでしまったんだろう・・・すべてのひとがしあわせに生きられる世界はどうすれば創ることができるんだろう・・・ 世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語。 20年ほど前に書いていた物語です。古い設定もそのままに発表します。
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