FILE20 光とともに   49

「行ってきます」
「うん。気を付けて」
 バスに乗り込む私を、芳明が手を振って見送ってくれる。それも今日で終わりだ。私たちは、いよいよ龍宮の海にたどり着く。
 疲労感はあまりなかった。一度は歩いた道だ。それも絶望の中、なにも食べずに歩き通した道だ。今回の私には、大きな大きな味方がいて、きっちりと食事をとり、十分な休息もとっている。けれど、そのこと以上に私を支えているのは、自然から愛されているという信頼感だった。一歩一歩、大きな恩恵を受け取りながら私は道を進んでいる。苦しいことなんてなにもなかった。
「そんなに重いものをいつまで抱えて行くつもりなの?いい加減手放しなさい。
 それにしがみついているのは、誰でもない。お前だよ」
バスが揺れるたびに、ひとつひとつキヨさんの言葉が浮かんでは消えていった。
「憎悪もまた、執着だよ」
執着を手放すようにと私に言いつづけてくれたその言葉が、やさしく響いた。
「いくら世界を愛そうと必死になっても、自分自身を愛せなければそれは嘘だよ。怨念や憎悪。抱えているものを解放するの。そのことがまず先、こころの中を整理しなさい」
 私を導いてくれるおばあさん。私はキヨさんに出会えたことをほんとうに感謝していた。キヨさんが言うように、神さまが導いてくださっているのだとしたら、私は神さまをほんのちょっぴり見直さなくちゃならない。ひどい仕打ちばかりを続けると思っていたけれど、神さまにちゃんと「ありがとう」っていえるようになりたい、そう思った。
「光も闇も、すべて自分のこころの中にある。それを自分が和合できないうちには世界の平和を願って祈りを捧げていたとしても、なんの力にもなり得ない。お前の祈りなんてね、なんの役にも立たないよ」
 世界のほんとうの平和を望むならば、まずは私が笑っていなくちゃいけない。私がほんとうにこころの底から笑うためにすることは、過去の呪縛を整理することだ。
 頭ではわかっていた。けれど、博史をこころの底から許すことなんてできるんだろうか?
「そんなにむずかしいことじゃないさ。大丈夫、お前にはできるさ。
 人を許すことは自分の過去を許すこと。傷を癒すことは世界を癒してゆくことだよ・・・」
 バスを降りると、まぶしいばかりの陽光が世界に降り注いでいた。こころの底に存在する引きずりつづけるあの黒い感情。それらすべてをさらして、焼き尽くしてしまいそうなほどの美しさと光に溢れていた。
 見渡す限りの海。おだやかにたおやかに呼吸をくり返し、地球の胎動を続ける海。朝の風が気持ちよく吹いてゆく。広大な海と緑と青い空。ほんとうに世界は美しい。
これまで長い間、閉ざされ続けてきた胸の中の光は、多くのものを取り戻すために、そしてもう時間がないのだとでも言うように強烈に私に働きかけてくる。
厳しくなってきている陽射しを浴び、風を感じ、流れてゆく雲や、その隙間から顔を見せる深く青い空や、海岸を彩る草花を眺めた。

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