徹也の風景 手紙 028

「この手紙が君の手元に届くようにするには、どうすればいいのかをずっと考えています。普通に出したのでは、とうてい君が読むことはかなわないでしょう。そして、そういう教団を、私と範彦はつくり出してしまったのです。

 君がこれを読む頃、私がどうなっているのか、自分でもわかりません。ただ、私が君に伝えるべきなのは、あのミッションから手を引き教団を去りなさい、ただそれだけです。
 今思い起こせば、君を教団に迎え入れたのだって、君のお父さんから毎月振り込まれる養育費と君名義の預金を目当ての事でもあったんだろう。範彦は君が思っているように、純粋で清らかなだけの男ではない。
 私は昔、君のおかあさんのところへ訪ねていったことがあります。君のおかあさんも、地元ではユタと呼ばれる神の声を聞く人です。君が範彦とつながってしまうのは、そういう沖縄の血のせいかも知れません。
 君にあかすことを禁じられていましたが、私は昔、君のお母さんに会いに行ったことがあるのです。お母さんを教団に迎え入れるための説得に沖縄に赴きましたが、お母さんはきっぱりと断られました。『祈りはこころのこと、大きな組織を作る必要はない』と、範彦の母上と同じお考えなのでしょう。
 お母さんは、お元気に暮らしていらっしゃいました。そして、東京に残してきた一人息子のことを大変気に病んでおられました。君がここにいることは明かされてはいません。お母さんは沖縄で今も君を想い日々を暮らしているだろう。お母さんに会いに行くべきだ。そうすれば、この愚かな行動から目を覚ますことができる。お願いだ、この教団から足を洗ってほしい。
 今となっては君しか、範彦を止めることはできない。あの計画の実行部隊から降りてほしい。君のために、お母さんのために、世界のために、目を覚ましてほしい」

「山崎さんは、これを?」
「はい。切手も貼られて、封もされていました。あとはポストに入れるだけだったのですが、あの子はずっと考え込んでいたようです」
 月に一度の教祖による公開講話会の日、徹也はひとりの初老の女性に声をかけられた。彼に声をかけたのは、山崎の母と名乗る女性だった。
「あの子はいなくなる前に、ごっそりと荷物を送ってきました。なにかいらなくなったものでも送ってきたんだろうとしか思っていなかったのですが、あの子と連絡を取ることができなくなり、行方がまったくわからなくなったあと、私は段ボールをあけてみました」
「行方がわからないって・・。山崎さんは病気療養中じゃ?」
「いいえ、もう何カ月も連絡がありません。今までこんなことはなかったんです。ひとり家で暮らす私のことを気遣っていつも電話をかけてくれる優しい子です。しかし教団に問い合わせても、本部に行ってみても、なにも教えてくれないし、誰も会ってくれないんです。
 あなた宛の手紙が、その箱の中から出てきました。あの子が最後に手紙を書いていたのは、あなたなんです。あの子の行方を知りませんか?。教えて下さい。お願いします。教えて下さい」
 徹也にすがりつき、周囲の目も忘れてその場に崩れ落ちた山崎の母は泣きはじめた。徹也は驚き、その老婆の手を振り解くと会場から逃げ出した。その手紙を持ったままだということに気がついたのは、ずいぶん後のことだった。
「なにを言っているんだ。私はなにも知らない。なにも知らない。山崎さんは、頭がおかしくなって、それで教団を去ったんだ。そいつが残した手紙など、私には関係はない。
 私は神に、範彦様に選ばれたのだ。そうだ、私があのミッションを、沖縄を・・・・」
 手紙を握り締めながら、徹也はつぶやきつづけた。
「早く実現するのだ。あの方のおっしゃる世界を」

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