FILE15  祈り  42

「どうしたん? ぽやっとして」
 ドアをあけると、目を丸くした芳明が立っていた。
「うん」
「何かあったの?」
「寝るわ・・・」
 ティダと過ごした時間をもっともっと自分の胸の中で味わっていたかった私は、芳明が話しかけるのも無視してドアを閉めてしまった。
 誰とも話しなどしたくなかった。彼以外とは、今は。
「ティダ、あなたは誰なの? 一体なに?」
 私はすぐにベッドに横になった。目をつぶってゆっくりと呼吸をして、こころを落ちつけながらティダのことを考えていた。
「どんな形式でも構わない。君のこころの感じたままに、そのままに、祈りを捧げてほしいんだ」
 ティダはそう言った。けれど、祈りといわれても、どうやっていいのかもわからない。今まで私がやってきたのは、月や太陽や木々などの自然に対する感謝の祈りだった。
 結局、ほとんど眠れないままに夜を過ごした私は、彼にいわれるままに祈りをしようと決心した。でも、どうすればいいのか、どこに行けばいいのかも、なんにもわからない。

 私は所在なげなこころを落ち着かせるために、お風呂に入った。水の音はこころを落ち着かせる。大切なことを私に教えてくれるのは、いつも水だった。
 ポチャン。
「どうしたらいいの?」
 そう思ったとき、キヨさんの熱心に祈る背中を思い出した。ただひたすらに、大いなる自然にひれ伏して、和合を祈り続ける美しく敬虔な背中を。その場に立つだけでその神聖さに身震いを覚えるような場所があるはずだ。沖縄に点在する御獄のような、私にとっての祈りの場。その聖地を探そう。
 そうと決めると私はすぐにお風呂からあがり出かける準備を始めた。なにも食べずに、水だけを持って出かけることにした。祈りの前は、なにも食べない方がいい。空っぽの胃と軽い体は存在と話しをするのになによりも必要な素材だ。
 風が気持ちいい。曇っているけれど、朝はやっぱり気持ちのいいものだ。
 途中に見つけた公園で、時間つぶしを兼ねてひと休みをすることにした。犬の散歩をしている人がたくさんいた。親しげにあいさつを交わし、歩いて行く人々。朝の風景はなんてこころによいのだろうか。
 誰もいないベンチに腰掛けると、芳明がお香がわりにいつも焚いている乾燥ハーブを取り出し、セージとローズマリーに火を付けた。ネイティブ・アメリカンが浄化のために使うというその煙はとても心地よい気分にさせてくれる。深呼吸すると、朝の空気と甘い煙が肺の中を満たした。風に煽られて、甘いかすかな煙が宙を清めながら昇って行った。
 目の前の木に向かってこころの中で話しかけた。この葉っぱ一枚一枚が、私たちとも繋がっている。そういうことをきちんと感じながら、こころの目でしっかりと世界を眺めながら歩いていきたい。
 浄化をすませた私は、木々や大地や空を眺めて、風に揺れる枝に教えを請いながら、浮かんでくる祈りの言葉をノートに書きはじめた。祈りの言葉を書き終えると、こころの底まで気持ちよくなっていた。
 すべての場所は神聖で美しく、天と交流することの出来る場所だ。
 そのことを樹から教えてもらった私は、すべての形となるものの中に存在する偉大なるものに向かって、感謝の祈りを捧げた。
 祈りを捧げるために精一杯の浄化をしよう。この祈りの期間だけでもいい、清く正しい生活を送ろう。それはつまり、怒らず、惑わされず、欲望に振り回されることなく、嫉妬せず、比較せず、否定せず、こころを穏やかに、瞬間瞬間を祈りとともに、愛の中に生きるということだ。ティダが望むように、彼の役に立てるように、祈りをささげよう。
 公園をあとにして私は川に向かって歩き始めた。空は曇っているのにも関わらず、私のこころは青空に包まれているように心地よかった。胸が熱くてドキドキドキドキと全身が脈打っているようだった。ゆっくりゆっくり歩きつづけているうちに、じわじわと涙が溢れてきた。自分でも驚いて、その涙の意味をいろいろと考えてみた。けれど、わからない。わからないままに胸は熱くなりこころだけではなく身体中が光に包まれているようで、胸からの熱は身体中を支配した。
 そのとき、私に声をかけてきた存在がなんだったのかということが、はっきりとわかった。
 それは、光だ。
 地球とか神とか存在とか愛とかクリエイターとか、いろんな表現をされるもの。
 私を呼び続けていたのは、光。そう、光だった。
 その光を感じたとき、龍神の海で自分の身体を貫いたものの正体をつかみ取った。あの強烈なエネルギーは、まさに光だった。死を覚悟して祈りを捧げたあの瞬間、大地から沸き上がってきたエネルギーが私の身体を突き通して天に昇っていった。それが何を意味しているのか、まったく理解できないけれど、それでもこの胸の中に、大きなあたたかい光があるということを私は感じはじめていた。そしてその光には隔たりはなく、この世界にあるものすべてが愛の存在であるということを知った。
 涙がじわっと湧いて来て、私の頬をつたう。とてつもない至福感に、私はおどろいていた。これ以上の幸せがあるのだろうか、そう思うくらいにこころの底からの幸福に包まれていた。風も木々も土も虫も、目に見えるすべてのものが美しく思えた。
 歩き続ける自分の両足、両手、身体を見たとき、熱を増しつづける胸の中から言葉が沸いてきた。

 私の中に、神さまがいる。
 地球がある、宇宙がある。
 川が流れ、海があり、山があり、空があり、風がある。
 あの木々の一本一本が私だ。
 私という身体は、私だけのものではない。
 私というエゴを使って、存在させられているだけのものだ。
 私は、私であって、私じゃない。
 私の中の地球が悲しむことなく、傷つくことのないように、
 そして地球に恥ずかしくないように生きよう。

 この手を、世界を傷つけるために使ってはいけない。
 この口を、世界を汚すために使ってはいけない。
 この手は、世界を癒すためにある。
 この口は、世界を美しくするためにある。
 自分自身の感情に責任を持って、一瞬一瞬を生きよう。
 私は神の化身。いつでも神とともにあるのだから。
 それを忘れないでいよう。
 そして、ほんとうにやるべきことをまっとうするために、こころを開いて、道を歩もう。

 泣きながら、歩きながら、そんなことを想った。はじめて愛を知ったような気がしていた。
 そんなふうに世界を見ること、それを想い出せた私は、なんと幸せなんだろうか。その幸せはいつまでもいつまでも私の胸を満たしつづけた。

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春名尚子

惑星のかけら 2004

どうして世界はこんなにも歪んでしまったんだろう・・・すべてのひとがしあわせに生きられる世界はどうすれば創ることができるんだろう・・・ 世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語。 20年ほど前に書いていた物語です。古い設定もそのままに発表します。
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