徹也の風景 不安のミッション  019

「沖縄・・・。
 私に課せられた最大で最後のミッションが、沖縄だなんて」

 範彦の言葉を受け、奮い立つような興奮を覚える一方で、徹也は不安をかくしきれなかった。

 一度も降り立ったことのない沖縄の大地。その地は沖縄民族の血が半分流れている徹也にとっては特別な土地だった。12才の時、徹也を残して島に戻ってしまった母のいる土地だ。
 準備は着実に進んでいた。彼には、そのミッションを行うための何の技術も知識もなかったが、それぞれの能力を持った実行部隊が徹也の元に集まりつつあった。彼に望まれているのは、冷静な判断能力と、最後の瞬間の勇気だけだった。

「母の最後の言葉を覚えていますか?」
 教祖は、朝のセレモニーのあと徹也を部屋に呼ぶとやさしい口調で言った。
「母が子供のように大切にしていた君をそばに呼んで、最後に語ったあの言葉を・・・」
 彼は急に背中を向け、窓の外を眺めていた。
 突然の事故でおばさんがあっけなくこの世を去ってしまったのは、徹也が16才の頃だった。
 すべてが白い病室で、おばさんが助けてきた多くの人たちが持ってきた山のような花たちに囲まれて、おばさんの生命の灯火はまもなく消えようとしていた。
「徹也」
 その細い手を白いシーツから伸ばすと、徹也の手を取り、言った。
「ほんとうのものはね、そのこころの奥深いところ、何重もの扉で隠されている光のなかにあるんだよ。
 その光、お前は必ずみつけられる。こころの告げるままに、それをさがすんだよ」
 それが、おばさんの最後の言葉だった。最後の笑みは範彦にではなく徹也にむけられ、おばさんはゆっくりそういうと眠りにつくようにおだやかに息を引き取った。

「母の想いを、お前が成就させるのです」
「私が、おばさんの想いを・・・」
 これまでの道のりを、範彦との日々を思い返して、徹也は決心を固めていた。


「もう、待てない。私たちは時間をかけすぎた・・・」
 範彦はすべての信者が部屋から出たことを確認すると、教団の副代表である山崎に声をかけた。
「私が生き、権力を握っているこの間に、アセンションが起こるよう力を注がなければ。お前もそのことはわかっているでしょう」
「しかし・・・。何度もいっているように、今回のミッションには私は賛成できません。被害者が多すぎます。
それに」
「それに、なんだ?」
 山崎は範彦の幼なじみだった。範彦が超能力者としてデビューを果たし、あらゆるマスコミを使って名を広め一世を風靡し多大な影響力を持つようになったのも、山崎の営業能力の成果でもあった。かつてはマネージャーを務めていた彼は、今では教団の運営のすべてをまかされていた。
「予言が外れれば、私はどうなる? 教団はどうなるのだ? 終末が来なければ、神の国も来ない。マイトレーヤーも、真なるキリストも。
 多くの信者は、私の予言が当たるその日を待ち望んでいるのだ。いや、私こそが世界中の終末予言を成就させるべく、神より遣わされているのだ」
「しかし、被害者が多すぎます」
「時は来た。死はもはや死ではなく、審判のための扉なのだ。
 もうすでにこのプロジェクトは私の手を離れている。壮大なる神の計画はもうすでにはじまっているのだ」
「核爆発が起これば、地球の生態系にも多大な影響を与えます。その後の環境を保証することは出来ません」
 範彦は重厚なイスから立ち上がり両手を広げて掲げると、遠くを見ながら目を見開き、そして目をつぶった。
「放射能汚染? 核の冬? 人類が滅びに瀕する?
 そんなことは、愚かな人間にいわせておけばいい。神の国の扉がひらけば、すべてを美しく作り替えることも可能だ。一時の汚染さえ、私たちの天国へと進むための最後の道なのだ」
「それにしてもなぜ、徹也くんを? 飛行機の操縦を知っているわけでも、武装行動の経験のない彼をなぜ指揮官に?
 彼はあなたの大事な身内のような人じゃないですか」
「生かしておくわけにはいかない。次のステージに進むべき価値などない男だ」
 範彦は、天上のごとき高みから地上を見おろして、冷酷に笑った。それは信者には決してみせることのない表情だった。
 その横顔を見たとき、その男を支えてここまでの強大な教団を創りあげたことを、はじめて後悔していた。
「あの屈辱を、私は忘れない。あの病室で、最後の瞬間に、あの女は。
私に最低で最後の屈辱を与えたのだ。神からの恩寵をいただき、多くの信者に敬われるこの私に。あの女と徹也は、最後まで私を否定したのだ・・・」
 そのつぶやきと冷淡な目を見たとき、山崎の決心は固まった。この地位と富をすべて捨てても構わない。一から出直して、真実の道を歩き出そう。山崎はこころの中で堅く堅く誓っていた。

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