014

FILE 想像

 龍宮城の入り口の海。そのキラキラした浜辺で、わたしたちは時を過ごした。どうしても、ここに来たかった。わたしはそれを確かめに、来なければならなかったのだ。
 龍の海へと飛び込む前、がじまるの根元で見た白黒の映像。それは、幼い頃から見飽きるほど見せられてきたあの夢のシーンだった。そして、それはここだった。
 芳明とわたしだけのヒミツのおとぎ話の舞台と、世界が終わる夢の舞台が同じだなんて。それは一体、どういうことなの?
 熱い日差しに照らされた、気が遠くなってしまいそうな急な坂。そこを大きなトラックが走ってゆく。何台も車が連なって、厳重な警備がなされて。基地の森に大きな鳥が空から落ちてくる。一瞬にして、閃光が走り、木々は炎に包まれる。硬い翼は折れ曲がり、乗っていた人々は焼け死んだ。
「どういうこと? それが、この海で起こると? あの森に飛行機が墜落する?
 わたしは、どうすればいいの? それを止めることはできるの?」
 まだ見ぬ龍の王様に、問いかけた。この龍のほこらのある海は実際、新しい基地の予定地にされてしまっているのだという。この美しい海を埋め立てて無骨な建造物を建てるのだ。それも人が人を殺すための。
 フェンスが砂浜を分断していて、その向こうには基地がある。ここから簡単に泳いでゆけるのに、あのフェンスの中はちがう国になっていて、わたしが入ることさえ許されない。 
 人が人を力で組みしいてゆく、子どもたちが陵辱される、そんなことが許される社会をなくすためになら、どんなことでもしたいと思った。そして、なにをしてでもこの海を守りたい、と。
「人が争うのも、国が争うのも同じことさ。理由はどんなだって、人を殺すことがいいことなはずはない。そんなことは子供でも知っているさ。わったー大人は、どうしてしまったかねえ」
 キヨさんは普段は戦争のことを口にしたり、表だって反対運動をしたりはしなかったけれど、真摯に和合と平和を祈りつづけるその背中がすべてを語っていた。
「ねえ、基地がいるのは戦争の準備のためだよね?」
「うんそうだな。イザって時にこの島は位置的に便利な場所なんだろう」
「戦争がはじまると、ここから爆撃機が飛ぶんだよね。そして、子どもたちを殺していくんだ。なんで戦争なんてするんだろう」
「うーん、簡単にいえば戦争したいからだろ」
「なんで? 誰が? それを願う人たちがいるってこと?」
「うん、いると思う。それは確実に」
「なぜ?」
「ひとつには、武器商人。それは金だよね。戦争が起きれば確実に経済はまわる。戦争で金が儲かる奴らがいる限り、戦争はなくならない。
 ひとつには、政治家。支持率が下がったり、選挙の前になると力を見せつけるために争いを起こすヤツがいる。
 でもさ、想像を絶するのが、ファンダメンダリストたちだよ」
「ファンダ・・・?」
「根原主義とか原理主義とは呼ばれる人たちで、終末を待ち望んでいる」
「うん、それならわかる。戦争が起きる理由を勉強したからね。
 でもさ、芳明。ほんとうだと思う? ハルマゲドンを待ち望んで、それも自分たちが救われたいがために、その日を早めようとしている人がいるなんて」
「信じられない話しだけれど、そういう人もいるんだろう」
 龍宮の海は今日も穏やかで、なにも語ることなく静かだった。
「タロットカードでもさ、最後の審判といって天使がラッパを吹いているのがあるだろ。これまでに死んでいったすべての人たちが、その終わりの日には救われるという考え方だよね」
 黙り込んでしまったわたしに、芳明が説明をつづけていた。けれどわたしのこころはなにか違うことの答えを必死にたぐり寄せようとしているようで、芳明の話を少しも聞くことができていなかった。
「『ヨハネの黙示録』がその最大の予言書だよ。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教に共通して終末論と呼ばれる、世界の最後の日に選民たちだけが新しい天と新しい地の世界に導かれるという考え方があるんだ」
 神を信じる人々が、どうして破滅を熱望するの? キヨさんの見ている世界のように、シンプルに人も自然も一緒に暮らすことはできないのだろうか。
「新しい天と地ってどういうこと? こんなにきれいな天と地をどうしようもないくらいに汚して、その上で徹底的に破壊をしたら次の天地が待っているなんて、なんて都合のいい考え方なの?」
 芳明も黙り込んでしまった。都会での日常さえも、忘れ去ったこの場所。この浜に座って海と空だけを眺めていると、そんな終末論の概念などまったくの異世界のように感じられた。世界の滅亡を望む人々の意志のままに、争いの道具としてつかわれるためにこの海が破壊にさらされようとしていた。
「芳明、なんかさ、この場所でこんな話しをしてるのも意味があるのかも知れない」
「うん、そういう気がするよ」
「それがなんだかなんてわからないけれど」
「旧約聖書の中で一番重要とされているのが『創世記』で、それにはこの宇宙のはじまりから人類の誕生が描かれている。『創世記』からはじまった宇宙と人類の運命は、新約聖書の最後『ヨハネの黙示録』に書かれている。
 聖書に書かれているこれまでの予言はすべて成就されてきた。だから、黙示録も成就されなければならない」
「『成就する』じゃなくて、『成就させなければならない』かあ・・・」
「そういう考え方が実際にある。世界終末の核戦争がまもなく起こる、早く起きなければならないと信じている人々がいるんだ。
 神に選ばれた選民たちが、新しい天と地に降り立つには、終末といわれる最期の試練を乗り越えなければならないからさ」
「逆に言えば、ハルマゲドンや環境破壊が進まなければ救われないと思っている人々が戦争をおこしているってこと?」
「簡単にいえばそうだ。そう考える人がいる」
「そんな」
「でもそれは狂信的カルトの教義じゃない」
 わたしは首を振って空を仰いだ。
「わけがわかんない。宗教って、一体何のために存在しているの?」
 この海はあのときと何も変わらずにただ世界を写しだしている。この海と、フェンスの向こうの海。なんの違いもないのに、フェンスの向こうはもう違う国なのだ。
 海が人の意識で分けられている。海はただただ海なのに。わたしたち人も、ただただ人なのに。
 キヨさんの言う「違いを認める和合のこころ」。それらの人に出会ったときわたしはその精神でいつづけられるのだろうか。
 わたしたちは龍のほこらに参拝して、この海がいつまでも美しいままでありつづけられることを願った。
「えー芳明。やーは、二四時間の全部を幸せに生きているか?」
「え? 二四時間全部? だったら、とってもうれしいことだろうけど・・・」
「ぬーが?(どうして)」
「なんでって言われても、そりゃバイトとか、仕事とか、家族のこととか、いろいろで・・・」
「そのまんまの自分でいられない『理由』は、それこそ数え切れないほどあるさね。
 けれど、幸せに生きるための方法はたったひとつしかないさ」
「おばあ、幸せって、なに? 『声』は言ったよ。『許しなさい、愛しなさい、幸せになりなさい』って」
「幸せは『条件』でも『状態』でもなくて、こころの感じることだ。幸せであることには、なんの理由も必要ではないさ。
 『幸せだ』と感じることができれば、お前は幸せだわけよ。
 どんな状況であろうとも、誰がなんと言おうとも幸せなわけさ。
 言い換えれば「幸せでない」ことの理由は、 自分がそれを望んでいないからさ」
「ねえ、芳明。
 もしも世界中の人がすべて、ほんとうに自分の愛する人とだけ一緒にいることを選んだとしたら。
 もしも世界中の人がすべて、ほんとうに自分の生きたいように日々を生きたら。世界はどうなると思う?」
 芳明に問いかけながら、わたしは自分で答えを探していた。芳明は目を閉じて、そんな世界を想像していたのかもしれない。
「僕はきみと一緒にいるなあ。このフェンスの向こうの兵士たちは、恋人や家族と一緒に過ごすかな?」
「うん、戦争をする人がいなくなっちゃうね、きっと」
 ほんとうにこころの底から時を分かち合いたいと、そう思える人とだけ一緒にいる。すべての人が。それが実現したら、次の瞬間に世界はどうなっている?
 わたしたちには、それを想像することができる。こころが震えるような、すてきな世界が見える。わたしたちが望んでいるのは、そういう世界だ。
どうすれば戦争を止められるかわからない。どうすれば基地をなくせるかわからない。けど、戦争のない世界を想像することはできる。

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春名尚子

惑星のかけら 2011

世界が滅びる夢を見つづけてきた少女の旅の物語。 20年ほど前から、すこしずつ書き直しては手を止めて、書き直しては手を止めて。これは2011年3月のバージョン。
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