芳明の風景 後悔  015

 僕と彼女の部屋で首を吊った博史。あいつの遺書は、僕を打ちのめした。僕らは兄弟だというのに、あいつの思考は僕にはまったく理解ができなかった。
「先立つ不幸をお許しください。
 僕の人生はすべてがまちがいでした。彼女が僕らが愛し合った家を出たあと、ほんとうに僕の前からは光が消えてしまった。そんなとき、圭子に出会い僕は恋に落ちた。だがそれがまちがっていたと気づくまでに、僕はとてつもない過ちを犯してしまった。すべては、圭子にそそのかされたことです。僕はなにも悪くはなかった。あの女は僕を利用して金を引き出させ、そして僕を捨てた。都合よく僕を利用したひどい女なんだ。許せない。
 僕は、彼女のことだけが好きなのです。彼女だけが僕の光なのです。その光を手に入れるためならば、僕はなんだってできる。彼女さえ、僕を受け入れてくれれば、道を踏み外すことはなかったのに。
 今でも僕は彼女のことが好きです。けれど、彼女は僕のことを一生受け入れはしないだろう。だから、僕の命を彼女に捧げようと思います」
 兄の支離滅裂な遺書には、家族のことは一言も書かれていなかった。母は狂ったように泣き続けて、兄に金を貢がせた女よりも、息子のこころを奪った彼女への憎悪をたぎらせていた。
 あの葬式の後、めちゃくちゃになった家族の輪の中で引き裂かれそうなこころをどうすれば保てるのか、なにもわからないままに錯乱していた。
 彼女がまた姿を消してしまうということを僕は知っていた。消えてしまえば、彼女が僕に連絡などくれないことも。けれど僕はどこかで、この苦しみから逃げられるのであれば、もう彼女の姿を見なくてもかまわないと思っていた。彼女を想う気持ちさえ消してしまえれば、これほどに苦しむ事この世界からはなくなると思った。疲れ切ってすべてがわずらわしかった。やっぱり僕もほかのすべての人間と同じように、この悲劇を彼女がひきおこしたことだと感じていたのだろう。
 けれど僕は彼女の手を離したことを、次の瞬間には後悔していた。探しても探してもどこにも彼女の姿は見あたらなかった。今回は本当にだれも彼女の行方を知らなかった。

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