芳明の風景 決意 037

 翌日、一日かけて周辺を探ってみたり、出てきた洞窟を探してその周辺を探索したけれど、そんな洞窟などどこにも見つけることはできなかった。地元の人に聞いても、誰もそんな洞窟など知らなかった。そんなことがほんとうに起こりうるのだろうか? 私たちは実際にその道を通り洞窟を抜けてきたのだ。
 彼女がずっと見せられてきた夢と、あの風景は同じものだったという。僕らになにができるんだろう。僕らが見せられた最後の光景には一体何の意味があったんだろう。

「世界は、まだ滅んでいない。まだ、間に合うさ。僕にも君にも、まだやれることがある」
 僕は彼女と一緒にやれることを探そうと決めた。彼女の夢を現実にさせてはならない。彼女のために、ただそれだけに。
 直接的な行動に出ようとした彼女を、キヨさんは制した。その点で僕はこころの底からほっとした。彼女が訳の分からない教祖と一騎打ちするところなど僕は見たくない。それにそんな異常な集団の中に飛び込んでいけば、殺されて終わりだろう。
 高知からもどると、僕は彼女と暮らす家を探した。すべてを捨てて海を渡った彼女を家に迎え入れるためだ。彼女には帰る家も家族もない。龍宮城へ向かったとき、家もなにもかもを捨てた彼女を、ひとりで置いておくことはできなかった。
 共同生活を彼女はなかなか楽しんでいるようだった。もてるわりには男ぎらいで、知らない男を見ると気性は関係なくどこかで硬直している彼女も、僕の前では自然なままだった。彼女が気兼ねをしないですむように、キヨさんの家にいるときとかわらない自然なペースを保てるように、僕は心を配っていた。
 あの沖縄で見た世界は一体なんだったんだろうか。僕はその事ばかりを考えつづけていた。彼女が見せられてきた夢の世界。僕らは彼女の夢に飛び込んだのか、それとも。

 今の世界を形作っているのは、還元主義にもとづいた科学で、科学者たちはこの世界すべてを方程式で計算しつくそうと躍起になっている。分解し分解して、分子を分けて、原子の力を解き放ち原子爆弾や大量殺戮兵器をつくったり、遺伝子を組み換えて人の生死までを自由にしようとしてきた。
 そして彼らは、この地球の未来さえも方程式で解こうとしている。だけど、ひとのこころが方程式でとけないのと同じように、自然は数字では絶対に把握することなんてできない。科学者たちが必死になって世界を科学すればするほど、そこに見えてくる世界はシャーマニズムの概念や文明が忘れ去った大地との調和を大切に生きたネイティブの叡智に近づいていく。科学がもっともっと発達すれば、「祈り」という行為でさえ迷信ではないということが明らかになるはずだ。
 数字や式に置き換えることが出来たからといって、壮大な世界をすべて把握出来るわけがない。けれどいつの日か、祈りでさえも迷信ではないと表現できるようになる。この世界をおかしくしてしまったのは、数字の宗教だから。彼女が追い求めてきた争いのない世界を実現するためには、争う側の論理を知る事も必要だと思った。そして、僕はその世界をきちんと理解したいと思いはじめていた。
 僕がいままで見てきた、ネイティブやシャーマニズムの世界の祈りの世界。それを生きているのがキヨさんだった。宗教が抱える、宗教から派生する争いの問題、数字によって組み立てられてきた社会、そのもつれを解くカギがどこかに存在しているはずだ。いまは、ただの直感でしかないけれど、きっと僕が彼女に出会ったのも、彼女を通じてキヨさんに出会ったのも、全部意味があるはずだ。僕はこの出会いを大事にしようと思った。
 彼女の夢見た世界。彼女を苦しめつづけてきた破滅の夢。僕らは、いつの日かそれを止めるカギを見つけることが出来るだろうか。

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