FILE 10 夢  029

「祈りなさい。愛しなさい。幸せになりなさい」

「しなやかに軽やかに、そしてたくましくしたたかに愛の中に生きること。
 やわらかくたおやかに流れながらも、堅い大地やコンクリートまでも壊してしまう水のように。日々の暮らしの中から、そういうことを学びなさい」
 夢からはみ出して私の日常にやってくるようになっていた“声”は、いつも語りかけてきた。

 キヨさんのいった役割の意味が、いくら考えても私にはわからない。声が語りかけることの、意味も理解することができないでいる。
 私はあの日、龍神様の海にすべてを捨てた。海に飛び込んだ私の背中には、まだ羽が生えていなかった。いや、白く美しかった大きな翼をもうすでに失ってしまっていたのだ。私は、龍神様に迎えていただくことはできなかった。この命を絶つことさえもできなかった。
「なぜなんだろう。まだ、生きて恥をさらせというの? 役割があるとするならば、私のするべきことはいったい何なのだろう。
 祈ること、愛すること、幸せになること?」
 男の人が恐いという思いを、私はいつまでたって拭い去ることができずにいる。そんな私が人を愛するなんてできるはずがない。誰かが私を「好きだ」というたびに、私のこころは恐怖に怯えてしまう。あの男が植え付けた狂気の呪いの言葉に私はふるえ続けている。セックスが愛の行為だなんてことをどうすれば理解することができるのだろうか。そんなことカケラも想像することはできない。私にとってのソレは、恐怖や痛みや屈辱や苦悩を伴う強きものが弱きものの尊厳を奪うためにする行為にしか思えない。
 本当は私のそういう見解は間違っていて、愛という私が見たことも味わったこともないような、そんな深い想いから発する行為があるのかも知れない。けれど、それを試してみようとは、私には思えない。
 問題はセックスだけではない。きっと私は、人を愛することも、愛されることもできないだろう。そんな私が、どうやって世界を愛するというのだろうか?

「祈りなさい。愛しなさい。幸せになりなさい」 
 祈ることはできても、私には愛することも幸せになることもできない。 そう考えた次の瞬間、夢は突如場面を切り替えた。胸が切り裂かれるような痛みが私を襲った。そしていつものシーン・・・。
「やめて、お願い」
 私の言葉は今夜も届かなかった。飛行機は墜落し、すべての乗客は死に絶え、その大地に生きる人々も逃げ惑い、足を引っ張り合い、やがて息絶えた。空を自由に舞う巨大な鳥の残骸も山も人もすべてが燃えていた。
 また今日も私の叫びは届かなかった。誰一人として助けることはできなかった。何のために私は存在しているのだろうか、何のために生まれてきたのだろうか、何のために生きているのだろうか。
 こころを鷲掴みにされたように痛くて苦しくて、耐えきれなくて目が覚めても、その痛みはいつまでも消えることはない。
 それは、私の夢。小さい頃からくりかえしくりかえし見せられた夢。
 どんどんリアルさを増してゆくその夢は、こんな山奥にまで私を追いかけてやってくる。
「お願いだから。もうこんな夢を見せるのは止めて下さい。私にどうしろというのです。お願いだから。私にこの夢を止める方法を誰か、教えて下さい」
 私は、夢の中で夢に願っていた。

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