芳明の風景 光  52

 より純粋な、まばゆい光を見たとき、人は自分の中の闇を見つけてしまう。
 やり残してきた閉ざしてきた感情の澱が光のもとにさらされたとき、さらけ出させたものに逆恨みをし憎悪を抱く。
 純粋なものを壊したくなるというその衝動は、病んだこころ故に生まれる。
強すぎる光に当たっておかしくなるのは、準備が整っていなかったに過ぎない。善悪ではなく時期の問題でしかない。闇を捉え光にいゆくエネルギーの強弱の違いでしかない。
 手の届かないものを見て、それに届こうと努力するもの、すねて汚そうとするもの、光さえも見えないもの、混沌の中にさまよう存在。
 博史は、彼女の強い光にあこがれて彼女のようになりたいと願い、その一方で彼女の光を奪い去りたいと願ったんだろう。その憎悪を愛や恋という感情に置き換えて、あのような行動に出た。博史も苦しみつづけていたのかもしれない。抑えきれない理解のできない感情を胸に抱えて。
 僕はどうなんだろうか。彼女の放つ光を受けて、僕もまたその光になろうと努力をしているだろうか。それともどこかで彼女を汚そうとしているだろうか。
 僕には待つことしかできない。いつもいつも、彼女のことを祈り、そして待つことしか。
 あの沖縄での祈りの日々を経たあと、彼女はより一層幸せそうに笑うようになった。僕の不安はただの杞憂でしかなかった。
「芳明、私はしばらくキヨさんの家に残る」
「なら僕ももう少しここにいるよ」
「ひとりでやりたいことがあるの」
 大きな瞳を輝かせながら僕を真正面から見つめると、彼女はそういった。
 これからなにをする気なんだろう。もっと過酷な祈りをささげるのか? 僕のところにちゃんと帰ってくるのか? それとも、またどこか僕の手の届かないところへと旅立ってしまうのか?
 いろんなことが一瞬のうちに駆け回っていた。
「一緒にいるよ。もう心配をしたくないんだ。ずっと、そばにいるよ」
 そう言葉にしようとして、僕は黙り込んだ。どれほど僕が反対したところで、あの強い目をした彼女が想いを変えるわけはない。彼女の生きる道を信頼して待つこと、遠くから見守ってやること、それも勇気なのだと苦い決断をして、僕は一足先にひとりで帰ることになった。
 那覇空港で僕を見送る彼女は、いつもよりずっとずっと美しかった。あまりにも美しすぎて、僕はこれが最後なのではないかと不安にこころを締め付けられた。枯れる前の桜が「忘れないで」というようにその美を余すことなくみせつけるように。彼女もまた、僕の前には二度と姿を現さないつもりで、それほどまでに輝いているのだろうか。そんなくだらないことを考えてしまわせるほどに美しかった。
 けれどそれはつまらない妄想でしかない。彼女はあと少しで戻ってくる。僕のもとへ。

「これは、祈りだ」
 僕は車の中でひたすらに彼女のファイルを読み続けていた。関空が遠くに見える公園のそばに車を停めて、海を隔てて彼女がその空港に降り立つ瞬間を心待ちにしながら。
「彼女が沖縄に残ってひとりでやりたかったのは、あの日々を文字に書き写す事だったのか」
 胸がいっぱいになってしまった僕は、熱くなってしまったノートをシートに置いて、車を降りた。
 それは文字という記号を使った巡礼だった。彼女にとって書くこと、伝えることが祈りであるように。ある時期からは、彼女の祈り歩く道を後ろから支えることが、僕の祈りになっていた。今の僕にとって、これを読むこと、彼女の旅を追体験することが、それにあたる。
 なぜ今これを?という謎は、今もある。けれど、彼女が僕に送ってきた祈りのテキストを手元に置きながら、祈らずにいるということは、もう僕にはできない。
 あの空のかなたに彼女はいて、今この瞬間も呼吸をするように祈っているのだろう。僕は彼女のいる空を仰いだ。青が目に染みるように輝き、目をつぶっていてもまばゆい光がまぶたを刺激する。

 飛行機がひんぱんに離着陸する関西国際空港。離陸したばかりの機体が光を反射して青い空に映えている。
「そうか、関空か」
 ふとつぶやいた自分の声に反応したのか、その時、僕の魂の中で強烈な不安が沸き起こって細胞のすべてが粟立った。
 沖縄発関西空港行きの飛行機。あの夢と全く同じシチュエーションだ。
「まさか・・・・・。そんな」
 彼女の言葉が僕の胸に響いた。

「その飛行機に乗っていた私は、機体とともに辺野古の基地に墜ちたの。
 一瞬にして世界地図から消えた日本とともに、一瞬にして消え去ってしまったの」

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