FILE21 扉(1)  50

 すべてを超えてゆくことを可能にする力がある。
 人生の境界線をも。
 容赦なく襲いかかってくる悲しみすらも。
 それは、ゆるし、いやし、いつくしみ、つつみこむ、おおいなるやさしき力だ。

 すべてのものはひとつで あなたは私であり 私はあなたである
 すべての生命は自分自身を映す鏡だ
 すべての生命が それぞれにその役割を果たしているのだとすれば
 もう誰かを うとむことも うらむことも うらやむことも そんな感情さえ必要ではない
 すべてのいのちは美しく
 すべてのものはたったひとつのものなのだ
 
 それを理解するために 人は祈りを捧げる
 より大きなものと繋がって より純粋な光を思い出すために

 私はようやく、あの海へたどり着いた。

 龍神様の海へこの身を投げ出そうとして、最後の祈りを捧げたあの丘のガジュマルの木の下に座っていた。
 目の前には真っ青な空、真下には深く青い海、そして海の中には龍宮のほこらがあった。
 私のこころの中に、小さなかすかな光の場があって、博史もあきらくんもキヨさんも芳明もティダも、そこではみんなが笑っていた。

「すべてはひとつ」
その空は私に向かって語りかけた。
 けれど、私にはわからない。この胸に響いてゆく言葉の意味する事が。

「お前もまた大きな宇宙のカケラであって、そしてすべてでもある」
その海は私に向かって語りかけた。
 ならば、私も博史もひとつなの?

「すべての出来事は意味があって為される。大切なのは、なにをそこから読み解くかなのだ」
その風は私に向かって語りかけた。
 私にはわからない。この胸に響いてゆく言葉の意味する事が。彼のしたことをどのように受け止めるべきなのか。彼の行為を理解しようという寛容性を持つことは難しすぎて、まだ正面から向かい合うことすら出来てはいない。
 彼を許せるほど、私は偉大な存在にはなれない。
 けれど、それを克服することができなければ永遠に悩み続けなければならないということも、私は知っていた。

「僕は、博史でもある。君に僕が愛せるのか?」
 こころを射抜くような強い目で私を見ると、強い口調でティダは言った。
「そんな・・・」
 ぐらぐらと身体が揺れはじめた。地中深く根を降ろすガジュマルに座っているというのに、砂のように今にも足場が崩れさりそうだった。
 頭では理解していた。これが彼からの最後の質問だと。
「私はティダを愛せるのか。博史を許せるのか。私自身を。この海を愛することが・・・」
 それは何度も何度も突きつけられてきた、これまで人生のすべてをかけて答えを出すことから逃げ続けてきた質問だった。私がひらくことの出来なかった最後の扉だ。


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