芳明の風景 洞窟の奥からの声(3)  035

 僕らがふたたび洞窟の外に出たとき、どこにも天を灼く火も空を覆う煙も見あたらず、空は青く吹く風は清浄なままだった。
「どういうこと?」
 驚く彼女は、あたりを見渡して、言葉を失っていた。僕にもさっぱりわからない。
 あの岩をどけたあと、僕らはそのまま洞窟の奥へ奥へと進んでいった。そして、いつしか外に出てきたのだ。入ったところとはまったく違う場所に出て来てしまった。
 少しの間、洞窟の入口で休憩をしたあと、僕らはまた歩きはじめた。わけの分からないことだらけだったけれども、このまま座っているわけにはいかなかった。世界がどうなってしまったのかを、この目で確かめてやろうじゃないか。と、彼女が言い出したからだ。
 しばらく山道を下っていくと、舗装された道路にでた。僕らはほっとしたと同時に、顔を見合わせた。普通に車が走っているからだ。
「なんなんだ?」
 僕がそう言うと、彼女はただ首を傾げるだけだった。僕らは、道の端っこに座って、何がどうなっているのかを考えようとしていた。すると、一台の車が僕らの前にすっと停まった。
「あんたがた、どこから来たの? お遍路さんかい?」
 助手席の優しそうなおばあさんが、僕らに声をかけた。
 お遍路? どういうことだ?
「なに? 道に迷ったの?」
運転席の気の良さそうなおじさんが叫んだ。
「遍路って?」
「お遍路さんじゃないのかい? 金剛福寺にいくのに迷ってるんじゃない? 乗せてってあげようか?」
「金剛福寺? ってどこですか?」
 まったく理解のできないその会話に僕が頭を抱えているとき、なにかを感じとったように彼女の顔色が変わった。
「あの、ここは四国ですか?」
 なにを言っているんだ? あの奇妙な出来事の連続でおかしくなってしまったのか?
「そうだよ。高知の足摺岬のちかくだよ」
「あ、足摺岬ー?」
「あ、ありがとうございました。
 大丈夫ですから、ちょっと休憩したら、また歩きますから」
 彼女は混乱する僕の腕を引っ張って、おばさんたちに別れを告げた。高知ナンバーの車が行き過ぎるまでは笑顔を浮かべていた彼女も、力をなくして道ばたに座り込んで頭を抱えている。
 僕だって、同じ気持ちだ。わけがわからなすぎる。
 足摺岬だって?
 誰がそんなことを信じるって言うんだよ。
僕らは、沖縄にいたんだ。いくら洞窟の中を延々歩いたからといって、海を越えて足摺岬に着くわけがないじゃないか・・・。

「すくなくとも、世界は滅んではいないわけだ。
 まだ」
 何十分もの空白の時間のあと、彼女はポツリとつぶやいた。

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