芳明の風景 確信  48

あの時、僕にできたことはといえば、ただ彼女の無事を、一歩一歩前へ進む道のりが平坦であることを祈ることだけだった。

 彼女が祈りを捧げ歩いている間、僕も共に在りたいと願った。それが僕のはじめての自発的な、そして心の底からの祈りだった。世界を想って歩き続ける彼女の祈りのスケールとはちがって、僕の祈りはあまりにもちっぽけで個人的なものだ。けれど、彼女の無事を祈りつづけた3日間の祈りは、僕にとって世界を揺るがすほどに重要なものだった。それは、地球が存続することを祈るに等しいものだ。
 部屋に戻ってきた彼女は、身体は疲れ果ててはいても、いい顔をしていた。不思議なことにたくさんのエネルギーを使っているはずなのに、出かける前よりも彼女の身体にはエネルギーがみなぎっているようだった。彼女の一言一言が、僕にたくさんの気づきをもたらした。
「私は、キヨさんにいろんなことを教えてもらったのよ」
「うん」
「なんかね、キヨさんが言っていたことが今さらになってわかった気がする。
『地球に足を付けて、自然と繋がって、もっと世界を知りなさい。それから行動を起こすんだよ。
 自然を知らない人間が、世界を変えようとしても、もっと混乱するさ。』ってある日、キヨさんに言われたんだ」
 その頃の彼女は、ちょうど反基地運動にはまっていた。日本とアメリカと沖縄が複雑に絡まりながら造り上げてきた大きな問題に対して、なにをどうすればいいのかわからず、自分の力の無さに愕然として、そして混乱していた。なんにでも夢中になってしまう彼女をみながら、少し痛々しく思ってしまっていた。きっと、いろんなことを自分に重ねていたのだろう。壊される山や汚されてゆく海や、人々の痛みを。
「問題の解決方法はそんなところにはないよ。って、軽くキヨさんが言った言葉が、今頃になって甦ってきたの。
人間一人一人が、その身体の中に限界のない宇宙を持つ存在だとするじゃない?世界は、私たちのこころの反映で出来ていて、ひとりひとりが未来の鍵を握っているのだと仮定するでしょ」
「うん、ニューエイジとか精神世界とか、最近流行系でよくそういうこと言ってるけど、でも仏教やヒンドゥーやその根源になったインドのヴェーダも、世界中のネイティブの教えも。すべての神概念の基本ってのはきっとそういうもんだと思うよ」
「でね、その考え方に立ってさ、考えてみたの。ずっとずっと続く基地のフェンスを横目で眺めて歩きながらね。平和のこととか、基地の問題とか、地球が美しいままで存在し続けることを願うんならば、まずは自分のこころを平和にしないといけないんじゃないかって。うつくしく、おだやかにしなくちゃ・・・」
「まあね、平和運動って結構ハードで『平和を勝ちとるんだー』とかいって、それ自体が戦争しているみたいなのもあるもんね」
「うん、そう。
 世界を癒そうと思う前にね、そんな大きなことを考えるその前にね、自分自身を癒さなければならないのよ。歩いてて、そのことに気づいたんだ」
「自分の感情や傷や痛みをすべて乗り越えて、優しさにかえる。世界を美しくしようと思う前に、自分のこころを美しくする、かあ」
「芳明?」
「こころの中の傷を癒すためには、優しさだけじゃなく、厳しさもひつようになるんだよ。
 誰もが抱えている、こころの中の忘れたいこととか、目をつぶってきた妥協の歴史の数々、あきらめた夢。そういったことを全部思い出して解決していけば、世界もかわって行くんじゃないかなって思うんだ」
「いつの間にキヨさんの秘伝を学んだのよ」
「そして、自分のこころの問題も解決しながら、平和や環境のことをやっていかない限り、無理なんじゃないかなあ」
 祈りとは、こころを光のチャンネルにチューニングすることだ。誰かになにかをお願いすることじゃない。こころの中に存在する大いなるもの、それに気づくことが難しいから、媒体を通じて再確認をするためのもの。場所も方法も関係ない。
 大いなる存在を感じる、きっとそのことが重要なのだ。
 それは、その生きざまのすべてを通じて、彼女が僕に教えてくれたことだった。


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