見出し画像

【モンブラン】


彼とよりを戻したあの日。
彼と久しぶりに手を繋いで歩いたあの日。

私達は一緒に、モンブランを買った。

ケーキ屋さんで買ったようなものではなく、パン屋さんで割引されていたモンブラン。閉店前だったから、最後の1個。

お会計のときにフォークをひとつつけてもらい、彼の家に帰った。

――――机の上には、インスタントコーヒーがふたつと、モンブランがひとつにフォークもひとつ。

彼と向かい合って座り、一緒にモンブランを食べる。

「美味しいね。」

「うん、美味しい。」

時折コーヒーを飲んで、それからまた、甘〜いモンブランを1口。

あぁ、あったかい。

こんなあったかい日は、いったいいつぶりなんだろう…。




彼と別れる前、忙しい仕事の彼とはすれ違いが多く、いつしかお互い、ギスギスしてしまっていた。
たまに会えても重たい気持ちになるから、私はもう、彼のことを好きじゃなくなったのだと思っていた。

だから別れた。
彼は必死に引き止めてくれたけど私の気持ちはもう動かなかくて…
これからは友達として仲良くしていくことに。

ほどなくして、私には新しい恋人が出来た。
たくさん連絡をくれるし、遠距離だったけど、長い時間をかけてでも会いに来てくれる人だった。

だけど、その人に前の彼を否定されては胸が痛み、
友達になってからも優しく接してくれる彼には、胸が揺らいでいた。

そんなある日、私のもとに、知らない番号から電話がかかってきた。
ハキハキとした、女の人の声…。

「もう、彼と会うの終わりにしてくれますか?」


ハキハキとした女の人によると、もう5年付き合っていて、結婚の話も出ているという。今度お互いの両親の顔合わせがあるそうだ。

その話し声は嫌味でも恨みでもなくただ淡々と事実を述べているようで、
この女の人の器の大きさを感じさせられた。

だから私は、怒るでも悲しむでもなんでもなく、その場では、事実を受け入れるしか無かった。

私はただの浮気相手だったのだ、と。



…こんな、こんな惨めな話でも、優しく聞いてくれたのは、前の彼だった。

言葉にならない想い。あの人と一緒にいたのが気持ち悪くなるほどの、ドロドロとした何か。それらを全部受け入れて、彼はずっとそこにいてくれた。

そして最後に、「俺のところに戻っておいでよ。」と言ってくれたのだった。

だけど、本当に彼のもとへ戻るのか、私は悩んだ。
私は彼に酷いことをしてしまった。自分勝手なわがままで、さんざん彼を振り回してきた。

けど、悩んでいる中で、私には、気付かされたことがある。

付き合い始めてからも、
彼とギスギスしてしまっていたときも、
別れて友達になってからも、
私が思っていたよりもずっと、彼は私のことを支えてくれていたと。

あぁ、ごめんね。

私が、求めすぎてたね。

これからは私にも、お返しをさせてね。


ーーそう思ったのが2時間前。
夜は9時を過ぎていたけど、電話したらすぐ会うことになって今に至る。

いつも通りだけど、我ながらすごいスピード感。笑
そしてそれを受け入れてくれる彼も流石。

電話でももう伝えたけれど、目を見てもう一度言いたかったから、モンブランを食べる手を止めて、私はこう言った。


「今まで、ごめんね。今まで本当に…ありがとう。」

彼は驚いたようで、一瞬固まり、その後、目元を細めた。

そして、私の空になったマグカップに、おかわりのコーヒーを注いでくれた。



モンブランは気づけば、最後の一口になっていた。

私が、彼の口にモンブランを運ぶ。

「美味しい?」

「うん、美味しい。」

目の前でこんなに嬉しそうに微笑んでいる彼を見るのは久しぶりで、

なんでもないモンブランを食べて、コーヒーを飲んだだけなのに、こんなにも幸せだった。

なんだ、こんなに単純なことだったんだ。

潤んできた目を誤魔化すために、カップを手に取る。

もう十分あたたかい私の胸に、
熱々のインスタントコーヒーが流れ込んだ。






ーーーーーーーーーー

ゆったりとした朝にほっとする文章を。

そんなテーマで書いている朝の読み物がこの「パンとコーヒー」です。複数のメンバーで運営しています。

「パンとコーヒー」一覧はこちら

ーーーーーーーーーー

#物語 #短編 #小説 #パン #コーヒー #珈琲 #パンとコーヒー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?