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ファーストデートが教えてくれたこと

◆「好き」が分からない

大学生になり、3つ年上のあの人に出会うまで、誰かをちゃんと好きになったことがなかった。

別に恋に興味がないわけではなかった。でも「人を好きになる」ということがどんな気持ちなのか、本当にずっと分からなかったのだ。

高校生になると、好きな人ができない自分は人間的に欠陥があるんじゃないかと少し不安になり始めた。中学生のころより周りにいる男子の顔つきや体格も男性らしくなり、異性を意識し始めていたのは間違いない。でもそのせいか、男子と話す時は必要以上に身構えてしまい、男友達と呼べる存在もできなかった。

◆出会い

そんな私が初めて恋を知ったのは、大学1年生になったばかりの、18歳の初夏だ。好きになった相手は同じサークルの3つ上の先輩で、去年までキャプテンを務めていた人だった。

所属していたサークルの人たちは本当にみんないい人で、私がそのサークルに入ったのも、先輩たちの人柄がにじみ出た真面目で明るく温かい雰囲気に惹かれたからだった。

その中でも特に4年生の代の人たちの雰囲気が大好きだった。中学、高校までは出会うことのなかった3つ以上年の離れた先輩たちは、優しくて面白くていい意味で力が抜けていて、すごく自然体で余裕のある大人に見えたものだ。

◆きっかけ

そんな4年生の1人である彼と初めてしっかり会話をしたのは、さわやかな風のそよぐ5月の気持ちいい朝のことだった。

グラウンドでの朝練が終わり、みんなでしばしまったりと過ごしていたとき、私が座っていたベンチの隣に彼の荷物が置いてあったことで、話し始めるきっかけが生まれた。

ベンチの間隔が狭く、彼との距離がかなり近かったけれど、話していて不思議と緊張はしなかった。

芯の強そうな眼差しに、落ち着いた口調。物腰は穏やかで、よく笑い、笑うと目尻が優しく下がる人だった。キャプテン時代は厳しくて少し怖かったと聞いて驚いたくらい、彼は優しくてユーモラスだった。

何となく会話のペースが合って、居心地がよくて、他愛ない話が本当に楽しくて、彼の笑い方をいいなと思った。男性にそんな印象を抱いたのは初めてだった。

それ以来、彼と話せた日は嬉しくて、会えない時に何となく彼のことを考える時間が多くなった。もっと話したいという気持ちや、近くにいると嬉しいという気持ち。それが恋の兆しだと、その時の私はまだ知る由もなかった。

彼を好きになり始めている自覚のないままに、私はあふれ出てくる親しみの感情を彼に向けて無邪気に放っていた気がする。

彼と目が合うと、私は嬉しさを隠そうともせずニコニコと笑いかけた。彼がそばにいたら、自分から近づいていって話しかけた。

思い返すと、心のままにシンプルに行動していた当時の自分が、すごく愛おしく感じる。

◆急展開

少女漫画でもなかなか見ないような展開が起きたのは、あの朝練の日から1か月ほど過ぎた頃だった。

ある土曜の夜、私は部屋でぼんやりと彼のことを考えていた。無性に彼と話がしたくて、とりあえず携帯を取り出し、メール作成画面を開いてみる。とは言え、いきなりメールを送る勇気はなく、送信先は空にしたまま、彼へのメールを書いては消し、書いては消しを何度か繰り返していた。

ちょうどその時、携帯にメールが届いた。

まだスマホやLINEなどはない時代だ。携帯の画面にメール受信中の画像が数秒間表示され、サークルメンバーのグループに設定していたメールの着信音が鳴る。

誰からだろう、と受信フォルダを見ると、何と彼だった。

「こんばんは。明日、何してる?暇な人?」

彼からの初めてのメールだった。

メールを開いた瞬間、私は心の中で「えーっ!」と叫んだ。実際に声も出ていたかもしれない。出来すぎた偶然としか言えないこのタイミングで初めてメールが来ただけでも飛び上がるほど嬉しいのに、この内容はまるで…。

私はドキドキしながらも、平静を装って返信した。

「何も予定ないです。暇な人です。」

すごく何かに誘われそうな予感のする文面だけど、でもまさかね…と押し殺そうとしていた期待は、次に届いたメールであっさりと現実になった。

「どっか遊びに行かない?」

嬉しすぎて心臓が飛び出るかと思った。

恐ろしいのは、彼に対する気持ちが恋愛感情の「好き」だということを、実はこの時の私はまだ自覚していないということだ。

今まで男性と2人で遊びに出かけた経験もなかったのに、初めて誘われて困惑よりも嬉しい気持ちが勝っていた時点で、気づくべきだった。いや、1人でいる時に彼のことを想っていた時点で、本当は気づくべきだったのだ。

でもこの時はまだ「同じサークルの大好きな4年生たち」の中で特に話しやすくて好きな憧れの先輩、というレベルの好きだと認識していた。どうしようもなく、私は恋に疎かったのだ。

◆初デート

翌日は緊張して早く目覚めてしまった。だけど車で迎えに来てくれた彼の顔を見たら、やっぱり嬉しくて自然と笑顔になった。

彼がどんなつもりで誘ってくれたのかすごく気になっていたけど、余計なことは考えないように、「デート」という単語はなるべく思い浮かべないようにした。

ドライブがてら少し遠出をして、アウトレットで買い物をしたり食事をしたりした。どんな顔でどう振る舞うのが正解なのかもよく分からなかったけど、彼といると緊張や戸惑いよりも嬉しさのほうが上回った。

どのお店を見たいとか、何を食べたいとか、そういう主張は一切せずに、彼にほぼ委ねてしまった。彼の希望を優先してほしかったし、私は彼といられるなら何だってよかったのだ。ささいなやりとりの1つ1つが楽しくて、一緒にいられるだけで幸せで、心が満たされていた。

「何でもいい」が相手に対する思いやりの欠如だと、当時の私は知らなかった。だけど彼を楽しませようというところまで思い至れなかったのは事実で、つまり私は自分の心の中で独りよがりに彼との時間を満喫していたのだ。

主体性を発揮しなかったことで、まさか現実の彼の目には私は少し退屈そうに映っていたなんて、思いもしなかった。

帰りの車内では、お互いに少し口数が減った。ちょっと気を抜くと「何で誘ってくれたんだろう?」という考えばかりが頭に浮かぶ。

少し沈黙が流れたりしても気にせず平常心でいられるけど、彼が「今日誘ったこと」について切り出すと、ドキッとして少し鼓動が速くなった。

「いきなり誘っていいのかなとか思ったんだけど…」
「嬉しかったです、びっくりしたけど」
「びっくりした?(笑)こいつ何誘ってんのーとか思った?」
「それは思わないです(笑)」
「俺はこういうデートみたいの久しぶりだったし、楽しかったよ」
「私はこういうの今までなくて…」

彼の口からデートという単語が出て、さらに心が忙しくなる。変な空気にならないように、なるべくサラリと明るい調子で話を続けた。緊張が声から伝わらないように平静を装いつつ、顔が赤くなるのを感じながら、外が暗くてよかったと思った。

そして「夜ごはんは食べてく?もう帰りたい?」と聞かれたときも、また「どっちでも…」などと答えてしまった。結局彼が「よし、食べていこう」と決めてくれて、一緒にいられる時間が延びたことに内心ほっとしたりして。とにかく自分の感情だけでいっぱいいっぱいだった。

夕飯を食べ、もう少し一緒にいたかったけれど、車は私の家の前に到着した。お礼を言って降りようとしていたとき、不意に彼の口から「うち寄ってく?」という言葉が飛び出した。一瞬、完全に思考が停止した。

あのとき、何と答えるのが正解だったんだろう。

私は驚きながらも何とか冷静を装い、笑顔で話題をはぐらかして、そそくさと帰ってしまった。

家に行くことが意味することは1つではない、とは思うけど、突然すぎて、彼の家にまでお邪魔する心の準備ができていなかったのだ。でも家に呼んでくれた彼の気持ち自体は嬉しくて、部屋に戻ってからもずっとドキドキしていた。メールでお礼を伝えてからも、その日はなかなか寝付けなかった。

◆ぎこちない関係の始まり

2人で出かけた日から、私は今までのように彼に笑いかけたり話しかけたりできなくなってしまった。声をかけるタイミングを逃しては落ち込み、少しでも話せた日は嬉しいけどもの足りなくて、もどかしかった。

彼のことが頭から離れず、2週間ほど経ってやっと、もしかしたら彼を好きなのかもしれないと自覚し始めた。久しぶりにまともに目を見て話せた日は、嬉しくて泣きそうになった。

そして、彼に対する気持ちが特別な「好き」だと確信したのは、何と初デートから1か月が経った頃だった。

自分の気持ちを自覚した後も、私の行動は完全に素人のそれだった。

好意を伝えなければと変に焦って、思わせぶりなメールをしたかと思えば、サークルで実際に会うとうまく話せない。そんなことを繰り返してしまうのだ。

◆客観的に見る

私目線の回想は上記のとおりだけど、デートからの1か月を客観的に振り返ると、下記の3行で収まる。

・デート中は何も主張せずに彼が全部決めた
・帰り際はあからさまにはぐらかして帰った
・デート以降は全然話せていないしお互いに気まずそう

つまり初デートから1か月で、何も進展していないどころか後退しているのだ。

さらにここから浮かび上がるのは、私の気持ちは1か月の間に目まぐるしく変化しているのに、彼にはそのことが何一つ伝わっていないという恐ろしい事実だ。

私はやっと自分の気持ちに気づいて舞い上がっていた。初めての「好き」で胸がいっぱいで、1か月というタイムラグもあり、早く好意を伝えなければと焦っていた。

デート以降、何の反応もしていなかったのに急に思わせぶりなメールを送り始め、でも肝心なことは何も言えず、彼が近くにいても話しかけられない日々。

そんな悪循環を経て、彼に想いを伝える時は唐突にやってきた。

メールばかりでよく分からない私に、自称せっかちな彼が動いたのだ。夜中にメールのやりとりを何度かしていたとき、彼が切り出した。

「今から○○の家に行こうかな。どう?」

ぎこちない関係にお互いモヤモヤしていることは明らかだった。さすがの私も、ちゃんと会って話さなければと覚悟を決めた。

◆0点の告白

初めて人を好きになったばかりで、悲しいくらい恋愛慣れしていなかった。

深夜、初めて家にやってきた彼と最初は軽く世間話をした。しばらくすると彼が本題に入り、「何で俺にメールくれるの?」という、めちゃくちゃ答えやすい問いを投げかけてくれた。そんなの、答えは決まっている。

でも、私はそのひと言がなかなか言えなかった。面と向かって自分の気持ちを伝えようとすると、言葉が詰まって出てこなかった。初恋の相手に告白するというのは、とんでもなくハードルが高いミッションだった。

結局、長い沈黙やちょっとした雑談を挟みつつ、空が白み始めるまで何時間も彼を待たせて、勇気を振り絞ってやっと言えたのは、本当にたったひと言だけだった。はっきり言って0点の告白だ。

でも当時はそれで気持ちを伝え切ったつもりだった。今考えると信じられないけど、このときの私は彼と「付き合う」という次の段階に進みたいのかどうかも考えていなかった。恋愛初心者の私の頭では、彼が好き、という気持ちだけでいっぱいだったのだ。

でも、そんな心中を彼は知らない。私の気持ちはもうほぼ彼にバレていたし、年上の彼にとって、私からの好意は恋愛関係を進めるスタートにすぎないと考えていたはずだ。私にとっての"100"が、彼にとっては"1"だった。

当然、彼が聞きたかったのは"1"のその先だ。「それで、どうしたいの?」と聞かれて私はまた固まってしまった。
"100"をぶつけてステージを全力でクリアしたつもりだったのに、すぐに次のステージの扉が開いて戸惑ったのだ。

彼を好きだと思う気持ちと、何もかも初めてで答えが分からないという戸惑いが心の中で複雑に渦巻き、その渦にのみ込まれそうだった。

「付き合ってください」と言うのが、最低限の正解だったんだろう。でも私は正直に、好きだけどその先は何も考えていなかったと伝えてしまった。そのとき彼が見せた「参ったな」みたいな苦笑をよく覚えている。

たぶん、その一歩を踏み出す勇気が持てなかったのは、彼にちゃんと好きになってもらえる自信がなかったからだ。3つも年上の、すごく尊敬できる素敵な人。そんな彼が私なんかを気にかけて誘ってくれるという夢みたいなことが起きたのに、現実の私はちっともうまく振る舞えなかった。

彼の話すペースや笑い方、少し変な笑いのツボ、独特の空気感が好きだった。話していると楽しくて、近くにいるとほっとした。活字中毒だという彼の書いた鋭い文章からも、普段の会話からも、厳しさと真面目さと、根底にある温かさを感じていた。ブレない芯を持つ彼を、尊敬していた。

あの朝練で話した日からずっと気になっていたこと。初めてメールをくれたとき、実は私もメールを送りたいと思っていたこと。誘ってもらえて飛び上がるほど嬉しかったこと。デートは本当に楽しかったこと。すごく好きだけど、人を好きになるのが初めてで戸惑っていること。

それらを一つも言葉にして伝えられなかった。感情を言葉にできない自分が情けなくて、目の前に彼がいるのに嬉しさより気まずさが勝って、心が痛かった。

どこが好きなのかも、いつから好きなのかも、どうしたいのかも何一つ言えなかった告白で、彼の気持ちが動くはずがなかった。結局彼にはその場で一旦フラれたのだけど、そのとき彼に言われたことはどれももっともだった。

フラれたことでそれまでの緊張とモヤモヤから解放され、私はやっと少し落ち着きを取り戻した。帰り際、彼は急に来たことなどを何度も謝り、私は黙り込んでしまったことなどいろいろと謝り、しばらく立ち話をして、最後は笑って別れた。

「全部ギュッとしたら1時間ぐらいで終わったよね(笑)」
「ほんとすみません…」
「今日サークルだけど…来なくなるとかないよね?」
「ないです、普通の顔して、普通に行きます」
「俺のこと無視しないでね(笑)」
「今まで以上に普通に話しかけるので、そっちこそ無視しないでくださいね(笑)」
「俺が無視したらどうする?」
「泣く!」

そんな冗談を言い合いながら、「お疲れさまでした」なんて笑って言い合って、それでも彼を玄関で見送りドアを閉めた瞬間から、涙があふれて止まらなかった。その日の夕方、彼とサークルで再会するまでに涙を出し尽くす勢いで、泣きに泣いた。でも当然彼はそのことを知らない。

ちゃんと言葉で伝えなければ、何も伝わるはずがない。

この初恋には実はもう少し続きがあるのだけれど、「ファーストデートの思い出」というと、この失恋の瞬間までが自分の中でセットになって思い出される。最初から最後まで、ずっと一人芝居のような恋にふけっていた自分と、優しかった彼のことを。

◆ファーストデートが教えてくれたこと

初恋で何より後悔しているのは、あんなに好きだったのに、私の気持ちの100万分の1も彼に伝えられなかったことだ。

叶わなくても、へたくそな言葉でも、当時彼に100パーセント伝えられていれば、こんな過去の言葉の抜け殻たちを未来まで持ってくることはなかっただろう。こうして時を経てインターネットの海に流しても、どこにも届かないのに。

どんなに想っていても、言葉にして伝えなければ、その気持ちは自分の中でしか存在しないことになる。

当時、私には恋愛経験はもとより、「伝える力」がなさすぎた。そもそも最初から気持ちを自己完結させていて、相手に本気で伝えようとすら思っていなかったかもしれない。

初恋を教えてくれたのが彼でよかったと思っているけど、もっと人との関係性を築く経験を積んで、「伝える力」を身につけてから彼と出会っていたらどうなっていただろうと、少し考えたりもする。

誰かを好きになることは、奇跡のようなものだ。成就しても、しなくても。たとえ後から思い出して恥ずかしくなっても、かすかな痛みと共に切なくなっても、何もなかったよりずっといい。

だからこそ、せっかく芽生えたあのときの気持ちは、あのときまるごと彼に伝えて、何らかの形を残しておけばよかったと思うのだ。

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