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【だからお母さんは、たまに言ってくれる君のワガママに安心するんだ】

「大丈夫?」

重い足取りで階段を降りてきた私に、息子が心配そうに尋ねる。偏頭痛や目眩を起こして寝込むことが度々ある私は、しょっちゅうこの言葉を彼らにかけてもらう。

「大丈夫だよ。ごめんね、ありがとう」

そう言いながらふとテーブルを見ると、とうもろこしの残骸が2本並んでいた。サランラップでくるんで電子レンジで6分。以前教えた方法で、弟のぶんも用意してくれたらしい。

長男が、最近前にも増してしっかりしてきた。それは時に背伸びのように感じて少し心配にもなるのだけど、変に気負っている様子は見られないから、おそらく自然と身に付いていることなのだろう。

急いで夕飯の準備をしようとすると、後ろから穏やかな声が聞こえた。

「いいよ、無理しなくて。座ってなよ」

「だって、お腹空いてるでしょ?とうもろこしだけじゃ足りないでしょ?」

「米あるから、肉焼いて乗せて食べるよ。焼き肉のタレあるし」

「じゃあ、お肉焼くよ」

「いいから、座ってなって。肉ぐらい自分で焼けるよ」

これ以上押し問答をするのも違う気がして、私はお言葉に甘えてソファに腰を下ろした。頭痛は横になって休んだらだいぶマシになっていたけれど、まだ少し頭が重い。

宿題を済ませて弟を風呂に入れてくれて、とうもろこしを準備して食べさせる。夕方から寝込んでしまった私の代わりに、ここまでやってくれるようになった。高学年とはいえ、まだ小学生の息子が。


***

顔色が悪い人を心配する。泣いている人の味方になる。長男は昔からそうだ。

私がちびを妊娠して悪阻で吐きまくっている時も、いつもトイレに水を運んできてくれて、背中を擦ってくれた。「大丈夫?」と優しく聞きながら。

大好きなアニメを見ている時も、お菓子を食べている時も。どんな時でもその手を止めてトイレにすっ飛んできた。小さな掌に撫でられる度に心はすごく楽になるのに、喉の奥は少し苦しくなった。泣くと余計に心配するから、泣かないように必死に堪えていた。

優しくされると泣きたくなる。それが我が子から与えられるものなら、尚更だ。


ちびを妊娠して三ヶ月が経った頃、長男が旦那にキレた。

「お父さん冷たい!!何でお父さんは“大丈夫?”って言ってあげないの?!」

妻がトイレで日に何度吐いても我関せずの父親の姿が、彼には理解出来なかったのだろう。

「何でお母さんがこんなに苦しそうにしてんのに、ゲームしてんの?!」

幼稚園年長の息子が、30歳をとうに過ぎた父親に吠えた。旦那は掌の中のスマホを持て余しながら、ぶつぶつと言い訳を並べた。


「だってさ、しょうがないじゃん。妊娠したら悪阻あるの当たり前だし、いちいち心配するようなことじゃないよ。大丈夫?って言ったところで、悪阻が治まるわけでもないしさ。」

「しょうがなくないよ!苦しそうにしてるじゃん!」

息子は泣いていた。私もその時ばかりは堪えきれず、涙を流した。


旦那の言葉を聞いて落胆したからじゃない。「しょうがなくない」と言い切ってくれた息子の言葉と想いが、嬉しかった。


ちびが元気に産まれてきてくれたのは長男のおかげだと本気で思っている。長男が寄り添ってくれたから、私は心が折れることなく笑っていられた。お産の時も私の腰を擦り続けてくれたのは、旦那ではなく息子だった。ソファで爆睡している父親に悪態をつきながら、息子は懸命に腰を擦ってくれた。休むように言っても聞かなかった。陣痛で呻いている母親の傍で休むということが、彼には不可能だったのだろう。


大人も子どもも、優しい人というのは時に苦しくなる。人の痛みを我がことのように感じるから。そこから抜け出したくてもがいたりするのだけど、結局根本は変わらないから目の前で唸ったり呻いたりしている人がいれば放っておけないし、全力で心配してしまう。


息子はこの先、そういう葛藤と何とか折り合いを付けて生きていくのだろう。心配じゃないと言えば嘘になるけれど、あまり深刻に悩んではいない。おそらく彼は、その底なしの優しさを土台としてたくさんのものを築いていくと思うから。

損をすることもあるだろうし、傷付くこともあるだろう。それでも自分のことを嫌いにならない彼は、本質的なところでいつも満たされているように見える。


「大丈夫?」と当ててくれる掌に救われることはたくさんある。子どもの頃の私にそれを教えてくれたのは幼馴染で、今は息子が引き継いでくれている。

何だかんだありつつも、やっぱり幸せだなぁ、と思う。完璧なお母さんにはなれないけれど、凸凹しながらも息子たちが寄り添ってくれるから。


明日も、歯磨きが足りないだのランドセルの中が汚いだのと小言を言いながら、優しい背中に感謝を込めて「行ってらっしゃい」を言おう。

「行ってきます」と言いながら、弟の小さな掌にタッチする。その穏やかな横顔が、お母さんは大好きなんだ。


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