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私達にしか理解できない、隠されたコード

海外に住んでいて日本の文化に触れると、隠されたコードを解読したときのような、ハッとする瞬間に出会うことがある。

最もよく覚えているのは、友人と『となりのトトロ』を観ていたときだ。サツキとメイの家の床下が映るシーンがあった。メイが庭に現れた小さなトトロを追って、床下を覗く。一瞬だけ映ったそのシーンで、友人は気に留めなかったが、私には強く印象が残ったものがある。薄暗い床下で光る、ラムネの瓶だ。

『となりのトトロ』では、青々とした森、スコールのような通り雨や、井戸水で冷やされたトマトときゅうりなどから分かるように、夏という季節の設定に従った表現が散りばめられている。床下さえも無駄にしないジブリの崇高な表現力はさておき、ラムネの瓶もそんな夏の表現の一つと推定できる。

しかし、ラムネの瓶で『日本の夏』を感じることができたのは、日本で育った私だけだ。それに気付いたときは、心が震えた。

私は日本生まれ日本育ちだが、海外生活は3年目に入り、現在はイギリスで生活をしている。英語を話して仕事もしているが、ネイティブのように話す訳ではない。知らない単語も多いし、リスニングではいまだに苦労することもある。でも英語以上に壁となるのは、文化の違いだ。何とも陳腐に聞こえるかもしれないが、文化の違いはコミュニケーションに大きな障害を生む。

首相の名前、教育制度や歴史上の人物のような一般常識だけでなく、有名な楽曲、子どもの頃に流行った番組や、青春を思い出すような映画などのポップカルチャーまで、現地で生活をしないと知らないどころか、勉強しようとも思わないことで日常会話は溢れている。背景知識が乏しいために、会話に置いてきぼりにされてしまう、なんてことは決して珍しくない。

だから、現地語を理解していても海外に住んでいたら一生勉強だ。発見と慣れを繰り返し少しづつ学んでいくのだが、それには人生において膨大な時間を費やす。数年の勉強ではついていけない。そもそも言語から学び出したら、赤ちゃんとしてのスタートなのだから無理もない。

しかし、だからこそ、文化の違いは尊いと私は思う。表面上では他国の文化を理解できるかもしれないけど、全部を理解することは難しい。他の人には理解し難いという事実が、反対に自分の文化が固有のものである感覚を与えてくれる。私はどこまで行っても日本人だ。自分が慣れ親しんだ文化が、私たち自身を形づくる。日本文化の中で育ったからこそ、今の私がある。

先日、大英博物館で開催されている展示会の「Manga」 に行った。

その名の通り、日本の漫画のルーツや歴史、有名な出版社、漫画の制作方法、また、人気漫画の原画が展示されている。

ロンドンの大英博物館で開催されている展示会なので、展示の説明は全て英語で書かれている。有名な漫画であれば多言語に翻訳されているので、漫画やアニメに精通している人であれば、日本人でなくても親しみを感じることができる。きっと彼らは、漫画にそこまで詳しくない私よりも、展示の内容に大きく感動し、訪れたことに喜びを感じるのかもしれないと思った。

原画をふーんと思いながら歩いていると、展示会の一角に設けられた、大量の漫画が並べられている棚にぶつかった。ワンピースや進撃の巨人といった人気漫画の単行本や、ジャンプやりぼんといった週刊誌や月刊誌を自由に手に取れるコーナーとなっていた。並んでいるタイトルをよくよく見てみると、すべて日本語で書かれているものだ。

ここで立ち止まり漫画を読み始めてしまったら、博物館から何時間も出れなくなるな、と漫画に手を伸ばしそうになる自分にストップをかける。一歩下がってもう一度、棚全体を眺めると、ブックオフの漫画コーナーで何時間も立ち読みをしていた友人や、小学生のときに父に連れて行ってもらったタバコくさい漫画喫茶が頭に浮かんだ。

漫画を手にとって嬉しそうにしている人が視界に映る。パッと漫画を見てみては棚に戻す。多くの人が長居することなく、次の展示作品に向かっていった。その人の流れをみていると、ここにいる大半の人は私と同じ思考にならないことに気付いた。

日本語を読めなかったら、大量に並べられた漫画の内容を理解できない。つまり、漫画が好きな訪日外国人は、書店に並ぶ何千もの漫画に胸が踊るかもしれないが、同時に内容が分からないことに落胆するかもしれないのだ。

それに、日本育ちでなければ、漫画の立ち読みという文化を知らないはずだ。漫画が並ぶ棚をみても、私と同じ回想をすることは無い。立ち読みが良いか悪いかは別として、何となくその記憶が愛おしく感じた。

世界中で多くの人が漫画やアニメに没頭する中、日本語が理解できる私たちには、言語の壁を理由に作者の意図を見落とすことはないし、漫画で描写される日本文化に違和感を感じることもない。それに、作品が世に出されて直ぐに楽しむことができるという優位性を持っている。

「私達は世界に誇れる文化を、苦労せず感覚として理解することができる。」

その気づきは、ラムネの瓶を見つけたときのそれに似ていた。


#好きな日本文化

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ハルノ

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