『白い運命』⑰

夏の公園に黒斑に青色の羽根のアサギマダラという蝶が飛んでいる。この蝶は渡り蝶ともいわれ、秋になると南下する。時には1000キロにもおよぶ場所へ移動するらしい。

病院の研究室で働くマキは、白衣を着てドクターから文献のコピーをたのまれ、図書室で十数冊をカートに乗せて最後の一冊を探しているところだ。
そして、その一冊も見つかりコピーする。
コピーした用紙の上に、文献の題名を赤文字で書いてドクターの机に置いておく。
「マキさん、これらをもう一度コピーお願い。端が写ってないから読めないよ」黒髪をきれいに七三に分けて見るからに神経質そうで、切れ長の目の山本ドクターが言った。
「あっ、すみません。すぐに行ってきます」
「マキさん、電話」と、研修医の黒縁眼鏡でサラサラ髪、目力のある斉藤ドクターがマキに受話器を渡した。
マキは、受話器を受け取ると、
「はい」と、答えた。
「宮里ドクターが、切除した検体を冷凍保存してくださいとのことです」と、手術室の看護師が早口で言った。
「はい、今から行きます」マキは、そう言って受話器を置き、手術室に向かった。
手術室の入り口に看護師が、試験管にキャップがしてある2センチ角程の検体をマキに渡した。
マキは、これを冷凍保存してノートに名前を書く。
マキと同じように働く女性の山口さんは、四歳マキの歳上で、ドクターの学会の新幹線や宿泊の手配、機材の申請などしている。
マキは、仕事を終えて電車から降りて帰宅ラッシュの人々を避けながら駅の改札口をでると、夏服が欲しくてショッピングモールに寄った。
今年の夏服も大半は、バーゲンで半額になってきている。マキは、そう思って値札を見ていると、
「マキじゃない?」と誰かが言った。マキがその声の方を向くと、将来私バラエティー番組のディレクターになりたいのと言っていた友香だった。そんな友香は、化粧をしていても色白でボーイッシュで顔の面積が広いところは、全く変わっていない。友達と一緒らしい。
「久しぶりじゃない。元気だった?」友香が懐かしそうにマキの腕を触りながら言った。
「元気よ」
「ねえ、もう成人したんだから今度一緒に飲みに行こうよ。男性も連れて来るからね」と、友香の友達に聞こえないようにマキに言った。
「うん、行くよ」
「じゃあ、連絡するね。またね」と、友香は手を振った。
「またね」と、も言った。

それから三日後、仕事が終わって自宅に着くとマキの母が豚カツを揚げていた。二階へ上がって服を着替え、下に降りた。
少々足の不自由なマキの母は、マキにどんな仕事をしているの?とか、仕事きつい?など訊かない。
二人でテレビを見ながら豚カツを食べた。
その時、友香から電話があった。二日後、会いましょう。何人か連れてくると言う。
分かったと言って、マキは電話を切った。


その日は、土曜日だった。窓からは太陽の日光が差し込んで眩しいくらいの昼下がり、クーラーの効いた部屋でマキは何を着て行こうか迷っていた。兄の徹は、土曜日は仕事は休みらしい、高校野球の観戦に行っている事がよくあるので、この日もそうなのだろう。
夕刻になり、青かった空が紅色に染まり掛けた頃、友香と待ち合わせしている場所に向かった。
友香は既に来ていた。そして、一緒に男性たちと待ち合わせしているビアガーデンへと向かった。
そこには、男性二人が、マキたちを待っていた。そのうちの一人が、高校の時のオリエンテーリングでマキと『肝だめし』でペアになって歩いた悠太がいた。
ビアガーデンのショーが始まった。
スパンコールの水着に肌もラメを塗っているようだ、ライトがあたるとキラキラしている。そんな女性たちは、背中に羽をつけてサンバを打楽器に合わせながら踊り出した。
マキも友香も悠太も話し始めたが、お互いの言葉は打楽器の音で聞こえない。その一瞬は、あの頃の自分たちに戻ったそんな感じがした、とマキは思った。

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